まぼろばの蒼月
015
「………どうしたよ?おれを殺るンじゃねェのかよ?」
エースの言葉に、シュエルは返事が出来ない。
顔面・腹に走る激痛に、何も云えずに居た。
「ヒッ……くっ、来りゅにゃ……!!」
エースが近付くにつれ、シュエルは後ろに下がる。
「さっきの勢いは何処にいった?」
「ヒィ……ッ」
「おれを殺るンだろ?殺った後、メルを売り飛ばすンだろ?」
シュエルを、逃げ場を無くすように追い詰めていく。
が、世の中はそんなに甘くない。
「かっ、海軍だぁあ!!」
決闘の騒ぎを聞き付けたのか、海軍が姿を見せる。
「エース!!」
「ンだよ!!後少しなんだよ!!メルを地獄に突き落とした奴をこのままにしておく心算かよ!!」
「ンな事ァ判ってンだよぃ!!シャナまで巻き込む心算かよぃ!!」
ここで、シュエルを殺す事は簡単だ。
けれど、シャナメルまで巻き込みたくはなかった。
巻き込んでしまえば、シャナメルまで捕らえられ、また、売り飛ばされる可能性がある。
「ーーーー…判ったよ!!」
「行くぞ!!」
エースは、気を失っているシャナメルを背負うと、逃げ惑う野次馬に紛れて、その場を後にした。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
無事に、モビーディック号にまで辿り着いたマルコ達。
エースは何も云わず、シャナメルと共に自室へと戻って居た。
ヘッドボードに身体を預け、シャナメルを腕に抱く。
「メル……メル。ごめんな……、ごめん」
スリ、とシャナメルの肩口に顔を埋めて、 呟く。
冷静になって気付く。
自分がどれだけ、シャナメルを傷付けたのか。
両親が殺された過去のシーンを呼び覚まさせた。
シャナメルの声を奪ったあの過去を甦らせた。
傷付けたくない、そう思っていたのに。
シャナメルを守るって誓ったのに、傷付けた。
「エース……」
ガチャリ、とドアを開けて入って来るのはマルコ。
心配そうに見つめてくる。
「兄ちゃん……」
「どうしたよぃ」
ガタガタ、と椅子を動かして、どっかり、と腰を下ろす。
「おれさ……おれ………、ただ、メルを守りたかったンだよ」
「うん」
「けどさ………傷付けちまった………ッ!!」
「エース」
ギュッ、と、シャナメルを抱き締める腕が震え、声が涙で揺れた。
マルコは、黙ったまま、エースの言葉を待った。
「いっちゃん、傷付けたくなかったンだよ。おれが、守ってやらなきゃならねェのに、おれの所為で、忘れたい過去を引き摺り出されたんだ……ッ!! 」
「………シャナと別れるかよぃ」
「嫌だッ!!絶対に別れたくねェよ!!」
マルコは、クス、と笑った。
「だったら、前向けよぃ。今、お前の腕の中に居るのは誰だ?守ってやるんだろ?側に居てやるんだろ?」
「うん……」
「シャナは、ンな事でお前を嫌いにならねェよぃ」
「………そうかな………?」
「あァ。信じてやれよぃ。エース、お前が愛した女だろ?」
「メル………」
腕の中で眠るシャナメルを、涙ぐんだ眼差しで見つめる。
すると、
『ん……ッ』
ふるっ、と瞼が震え、ゆっくりとシャナメルが目覚める。
「メル…ッ!!」
『エースくん……?泣いてるの……?』
シャナメルの細い指が、エースの頬に伝う涙を拭う。
「良かった……ッ。おれ、おれ……メルが起きなかったらどうしようって、そればっかり……ッ!!」
『………エースくん……苦しい……』
ぎゅう、と音がするぐらい、シャナメルを強く抱き締める。
マルコは気配を消し、片手を上げて静かに出ていく。
エースは、それを黙ったまま見送った。
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