まぼろばの蒼月
009
目の前に惚れた女が居て、手を出さない男なんて居やしない。
けれど、シャナメルの意思を無視して抱く事なんて出来やしない。
シャナメルの身体が欲しいだけなら、呪いが解けた時に抱いている。
身体だけじゃなく、シャナメルの心も欲しい。
「好きだ」と云ってくれたのは凄く嬉しいが、それがはたして本当なのかどうなのか、エースには判らない。
"仲間"として好きなのか、"男"として好きなのか、それはシャナメルにしか判らない事柄であった。
出来れば、自分と同じ想いであって欲しい、そう願う。
『………あ…の』
「部屋、戻るか……」
『…え、あ、きゃあっ』
エースは抱いていたシャナメルを泣く泣く離し、ゆっくりと立ち上がる。
戸惑いを隠せないシャナメルの腕を引き上げ、軽々と抱き上げる。
「夜風が冷てェからな。それにもう休め」
『………』
行儀が悪いが、ベランダに続く窓を足で閉めると、そのまま、寝室へと向かい、シャナメルをベッドに下ろす。
「メルはここで寝ろ。おれはソファーで寝るから」
『…え?!だっ、ダメだってば、ボクがーー…』
「良いから」
『だったら、いっしーーー……』
「それもダメだ」
『何で!!』
「おれはメルが好きだし、愛してンだよ。メルが側に居たら、メルの意思を無視してめちゃくちゃに抱いちまう。それだけはしたかねェんだ…。おれはメルが凄ェ大事だから」
『!!!』
「………おやすみ」
ちゅっ、と掠める様なキスを落とすと、エースは寝室のドアを閉めた。
ドカッ、とソファーに腰を下ろすと、小さく溜息を吐いた。
[だぁあっ!!どーしたんだよ、おれッ!!てか、どーすんだよ!!コレ!!]
ガシッ、と、頭を覆う。
あれだけ"先に進む"と意気込んでいたのにも関わらず、いざとなった瞬間、シャナメルの"想い"が気になった。
何も判らないシャナメルを抱いても、何かが違う様に感じた。
[メルを抱きてェのに、何で……ッ]
自身の心が判らない。
エースは、ゆっくりと頭を上げ、シャナメルがいる寝室へと続くドアを見つめていた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇
『…………』
シャナメルはベッドに座ったまま、考えていた。
"抱きてェ"と云われた瞬間、戸惑いを感じた。
"触れて欲しい"と想う自分と、"触れられたくない"と想う自分との間で揺れる。
いっその事、強引に抱いてくれたら、どれだけ良いか。
けれど、エースはシャナメルを気遣い、自身の欲望を理性で抑え込んだのだろう。
『………どうしよう』
"大事だから"と云ってくれたのは嬉しい。
けれど、時には"強引"さが欲しい。
かと云って、自分から、求めるのにも抵抗がある。
『ボク、どうしたら良いの?判んないよ……』
2つの間で揺れる感情。
"本当に好きならーーーー…"
不意にナースの言葉が頭を過る。
"素直にならないとね"
『素直に………?』
時には、"感情"の赴くままに行動してもかま構わないのだろうか。
"過去"を話しても、"好きだ"と云ってくれた。
"大事だから"とも云ってくれた。
嘘だ、なんて思いたくない。
シャナメルは、ベッドから立ち上がる。
そして、煩く鳴り響く胸の鼓動を抑えながら、リビングに続くドアノブに手を掛けた。
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