まぼろばの蒼月
008
エースは、涙に濡れた頬を、優しく拭う。
その温もりがとても優しくて、そして、痛くて。

「メル。こっち見て」
『………』

エースに視線を合わせないシャナメル。
どうやら恥ずかしい様だ。

「メール。メールちゃん」

甘えた様な声音。
少し躊躇いがちに、エースと視線を合わせる。
エースの真剣な眼差しに、ドキリ、と胸が鳴る。

「メル……愛してンぜ」
『……エースく…』

お互いの表情が、ゆっくりと近付く。

『ン…ッ』

微かな甘い声。
ちゅっ、とリップ音が聞こえたと思えば、再び重なる。
何度も重なっては離れていく唇。

[苦し……ッ]

キスの経験が乏しいシャナメルは、キスの息継ぎの方法が判らない。
酸欠に、頭がくらくらする。
じわり、と涙が目尻に滲む。
きゅっ、と、エースの胸元を握る。

「ン……」
『……はぁ…ッ』

長いキスが終わり、エースはクスッ、と笑う。

「口をずらすか、鼻から息しろよ」
『………!!』

どうやら、シャナメルの状態が判っていたらしいのか、面白そうに、クスクス笑う。

「キスに慣れねェとな。それまで、沢山、キスしてやっからな」
『………ッ』

顔を真っ赤に染め上げ、恨めしそうに見上げる。

[メルがキスに慣れてから、その先に進むか]

思いが通じたからと云って、事に及ぶのは早急過ぎる。
だからと云って、キスだけで満足出来る筈もなく。
どうするべきか。
シャナメルを抱くか、抱かないか。
二つの欲望の間で揺れる。

『………エースくん?』
「……あの………えと」

どう云えば良いのだろう。
抱きたい、と、正直に云えば良いのだろうか。
それとも、大事だから、と云って、欲望を抑え込むか。
けれど、欲望を抑え込める自身は、無い。
胸元に感じるシャナメルの胸の感触。
柔らかな肌。
濡れた唇に、上気した頬、潤んだ眼差しが、エースの欲望に火を点す。
身体の中央に熱が集まるのが判る。

『……ね、何か当たってる……んだけど』
「あ!!嫌、その、これは………ッ」

男の"生理現象"をどう説明したら良いのだろう。

『……あ!!』

どうやら、当たっている"モノ"が何か、判った様だ。
かぁあっ、と、頬を赤く染めて、そっぽ向く。

「仕方ねェだろッ。おれは、メルを抱きてェンだからッ」
『…!!』
「あ、嫌、その…ッ」

つい口を滑らせてしまった欲望。
先程の甘い空気は何処へやら。
ギクシャク、とした空気が漂う。
どう話をしたら良いのだろう。
エースの"身体"は、"欲望に正直"で。
けれど、"意識"は"理性に従順"で。
人知れず、エースの心は葛藤していた。




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