まぼろばの蒼月
005
あのスタジアムから拐われ、気を失ったシャナメルはとある一軒家に居た。

「【戦闘奴隷】のシャナメル……か。身寄りは?」
「両親は殺されている」
「そうか」
「この娘、剣の腕は一流だ。それに魔術師の能力を持っている」
「ほぅ。鍛え上げれば、超一流の暗殺者になるな。買い取ろう」

男達はニヤリ、と笑う。
シャナメルが拐われた先は、暗殺集団ギルド【ヴァルハラ】であった。
金を積めば、どんな人間でも殺す。
例え、海軍や世界政府であっても。
【ヴァルハラ】は身寄りの無い子供を拐うか、人間屋で子供を安値で買い、一流の暗殺者に鍛え上げる。
中には、シャナメルのように、貴族達が嵌まっている戦闘賭博の会場から、拐って来ては、売り飛ばす輩が居た。
その日を境に、シャナメルの暗殺者としての、地獄の日々が始まった。
魔術の特訓から、剣の腕を上げる為に戦う日々。
まだ、戦闘賭博の会場に居た方が幸せだったのかも知れない。
余りの特訓に耐えきれなくなった子供が、隙を見て逃げ出すが、必ず捕まり、殺される。
【ヴァルハラ】には"死の掟"が存在するのだ。
任務失敗、又は、逃げ出す者に死の制裁が待っている。
今日も、また子供が逃げ出したらしいのか、叫び声が聞こえた。

「嫌だぁあっ!!お母さん!!お父さん!!」
「お前に帰る家なんざねェんだよ!!」

泣きじゃくる子供。
腕を無理矢理引きながら、特訓室へと連れてくる。

「そんなに家に帰りたいか?」
「帰りたいよぅ。お母さん、お父さん。うわぁあああんっ」
「そうか。【蒼の魔術師】出てこい」
『……!!』

【ヴァルハラ】では名前で呼ばれる事はまず無い。
ギルドマスターによって名付けられた名前で呼ばれる。
シャナメルは【蒼の魔術師】と呼ばれていた。
シャナメルは呼ばれるがままに、歩き出す。

「この【蒼の魔術師】に勝ったら、家に帰してやる」

カラン、と子供の前に投げ出される剣。
子供は震える手で剣を握る。

「ホントに……?」
「あぁ。家に帰してやる」

子供の視線は、シャナメルを真っ直ぐ捉える。

「やれ」
「うわぁああああっ!!」

キィン、と金属音が響く。
男達は、子供達が戦う姿を黙って見ていた。
必死な表情の子供と、無表情のシャナメル。

「殺さないと殺されるわよ」
「戦闘奴隷に戻りたいのか?」

どこに行っても地獄。
なら堕ちる所まで堕ちれば良い。
誰も助けてはくれないのは、当たり前じゃないか。
両親を殺した癖に。
大罪人の癖にーーーー…。
全ての人間がそう云っている様な錯覚に陥る。
ザシュッ、と、子供の左肩から、右脇腹に掛けて、裂傷が走る。
血液が辺りに飛び交う。
血の臭いが充満する。
子供は、斬られた事にショックを受けているのか、倒れ、身体を痙攣させていた。

『………』

倒れている子供に近付くと、ドスッ、と、剣を背中から刺した。
斬られた子供の手当てなんて、ここに居る人間がする筈はなかった。
一撃で殺す筈だった。
けれど、一瞬の躊躇いが、シャナメルの切っ先を鈍らせた。
苦しまずに、殺すしか方法がなかった。

「……良いだろう。【蒼の魔術師】。これからお前は、暗殺者として任務を遂行する」
『…………』

もの云わぬ骸に、冷たい視線を送り、シャナメルはその場を去った。
暗殺者【蒼の魔術師】が産まれた瞬間だった。



それからは、暗殺依頼を受ける事となり、様々な人を殺して来た。
女、子供も例外ではなかった。
幾数多な人を殺しても、空しくなる。
両親を殺した山賊と同じではないか。
果たして、このまま生きていても良いのだろうか。
何処に行っても地獄なら、自分の手で、この地獄を終わらせるしか無い。
もう、疲れた。
人を殺す事に、全てに。

「蒼の魔術師。依頼だ」
『…………』

次から次へと舞い込む依頼。
シャナメルは立ち上がり、標的の元に向かった。


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あきゅろす。
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