まぼろばの蒼月
010
「だーかーらっ、そんなんじゃねェって!!」
『何ムキになってんだよぃ』
クツクツ、と、電伝虫から笑う声が聞こえる。
エースは「う〜…」と、少しだけ拗ねた声を上げた。
『親父にゃちゃんと伝えてやるから、安心しろよ』
『良いか、エース。欲望のままに動くなよ?』
「は?」
『は?じゃねェよぃ。コトに及んでも構わねェが、シャナは"初めて"なんだぜ?欲望のままにガンガン、ヤってみろ。怯えちまう』
『優しくヤってやらねェと、一回こっきりで終わるかもな』
「んな事云われなくても判ってっから。じゃあな」
エースは強引に通話を終わらせ、再び部屋に戻るが、シャナメルの姿はない。
「メル?」
部屋を見回せば、備え付けられたカーテンが揺れ、ベランダに続く窓が空いていて。
エースは、ゆっくりとベランダに向かう。
すると、ベランダの隅っこで、まるで"何か"から逃れる様に、踞って震えているシャナメルが居た。
「メル?」
ビクッ、と、肩が震える。
「どうかしたのか?」
『………』
エースの問いかけに、ふるふる、と首を左右に振る。
「……どっか痛いのか?痛いなら医者呼んで………」
その問いかけにも、ふるふる、と首を振るばかり。
「メル…」
『…ごめんなさい……ごめんなさい…』
「泣いてンのか…?」
『………ごめんなさい……ッ』
シャナメルから漏れる言葉は謝罪だけ。
謝って欲しい訳じゃない。
「………」
エースはシャナメルの横に腰を下ろすと、シャナメルの身体を引き寄せる。
「泣き止む迄、こうしててやっから」
『………うぅッ』
ぽんぽん、と背中をアヤす様に軽く叩く。
その優しさが、シャナメルにとって辛い。
"冷たく"あしらってくれたら、どれだけ、"楽"か。
けれど、エースにそれを求めるのは筋違い。
自身の"自己満足"を得たい思いに、ますます、涙が溢れて止まらない。
いっそ、"殺して欲しい"ーーー…。
そんな考えまで浮かんできてしまう。
過去の自分が、今の自分に爪を立てる。
「…何も怖くないからな。おれが側にいてやっからな」
泣き止ませる為の言葉。
その優しい声が、嬉しい半面、辛い。
「メル。このままで良いから、聞いて欲しい……」
『……』
「おれはーーー…おれは本気で、メルが……」
その言葉を奪うように、シャナメルは、エースの唇に自身の指を押し当てた。
『……お願い、それ以上は云わないで』
ポロポロ、と、大粒の涙が溢れ落ちる。
そっ、と、シャナメルの指を唇から離し、掌で優しく、頬を包み込む様に、涙を拭う。
「メルはおれが嫌いか?」
『……!!』
エースの瞳が、哀しみに揺れる。
違う。
こんな瞳の色、見たいんじゃない。
こんな表情を見たいんじゃない。
哀しみに表情が歪む。
『……ッ!!』
「何に怯えてんだよ?何を隠してんだよ?」
真剣な眼差しは、シャナメルを捉えて離さない。
「おれじゃ頼りになんねェ?」
『…違……ッ……云ったら、ッ』
「云ったら?」
『きっと……嫌いになる…ッ』
不安が押し寄せる。
拭った涙が乾く事なく、次から次へと溢れる。
「嫌いになるかはおれが決める。それに聞いてみなきゃ判んねェ」
『……ッ』
「メル、話してみろよ。話はそれからだ」
エースの真剣な眼差しに、シャナメルは重い口を開くしかなかった。
話したくなくても、 話さない限り、エースは納得しないだろう。
星が瞬く夜、恋人達に試練をーーーー…。
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