まぼろばの蒼月
009
夕食も終わり、エース達はベンハー亭の"コテージ"の部屋に居た。

「足が痛かったら云わねェと……」
『ごめんなさい……』

食事の後、会計を済ませて、散歩しながら帰ろう、と、云う話で決着がついた。
しかし、歩き出した瞬間、シャナメルの表情が、痛みに歪むのに気が付いた。
チラリ、と足元を見れば、履き慣れないサンダルが、シャナメルの足に牙を剥いていた。

「悪りィ。ママ、部屋空いてっか?」
「空いてるけど…どうかしたかい?」
「メル。歩くの辛いんだろ」
『………ううん、平気』
「バーカ。んな事で気ィ使うなって」
『………でも…』

エースはシャナメルの意思を無視する様に、宿帳に自身の名前を書くと、鍵を受け取る。

『……え、え……きゃあっ!!』

ヒョイ、と軽々とメルを横抱き………、云わばお姫様抱っこをして、用意された部屋に向かった。
そして、現在に至る。

「親父達に連絡入れてくっから、大人しくしてろよ」

それだけを云い残し、部屋を出て行ってしまった。

『…………』

一人部屋に残されたシャナメルは考えていた。

この後、どうなるんだろう。
ナースさん達の云う通りになっちゃうの?

シャナメルの思考は、ナース達に相談した時に遡る。





「キスくらいはしてあげた方が良いわね」
「いくなら、"その先"もね」
『その先???』
「そりゃあ、エース隊長と"寝る"」
『………!!!』

ボンッ、と、云う音がするぐらい、シャナメルの顔が真っ赤に染まる。
幾ら、外に出る事が全くなかったとは云わないが、知識としては、知っている事柄に、シャナメルは顔を染めるしかなかった。

「エース隊長が本当に好きなら、"身体"も許してあげないと」
「エース隊長なら優しくしてくれるわよ」
『……………』
「やらないで後悔するよりも、してからの後悔の方が、身になるものよ」
『………』

その時は、余りにも突拍子過ぎて何も云えないシャナメルであった。



[………どうしよう…]

エースが凄く好きだ。
それは間違いない。
けれど、ボクは【蒼の魔術師】なのだ。
"暗殺"を主に活動する"ギルド"【ヴァルハラ】に所属している"暗殺者"。
ボクの全ては穢れている。
"太陽"の様に笑う彼を、穢れたボクが触れて良い筈はない。
けれど、"触れて欲しい"。
そんな浅はかな願いが、こころに宿る。

[……それでも恐れられた【蒼の魔術師】か?]

自身の願いに、自嘲の笑みを浮かべた。
残虐非道を尽くす【蒼の魔術師】。
【蒼の魔術師】に狙われれば、明日の太陽すら見れない。
ギルドの人達からは、【蒼の悪魔】、と罵られ、欲望に満ちたギルドマスターは、常にボクを監視していた。
次第に凍りつく心。
けれど、こんな生活から抜け出したかった。
だから、とある依頼の時に、態と失敗し、崖から海へと飛び込んだ。

【蒼の魔術師】は任務失敗で"死んだ"

そうしたかった。
だから、あの名も無き島でひっそりと暮らしていた。
どんなに酷い事をされても、耐えられた。
ボクの居場所を知られたくなかったから。
でも、あの人達は違った。
凄く"暖かい"人達。
その中でもーーーー……エースだけは違った。
太陽の様に笑って、凍りついた心を溶かして行く。
ーーーーー…失いたくない。
失う物など何もなかったシャナメルに、初めて出来た大切なもの。
何がなんでも守りたい。
そう思うものの、この事実を知られたくない。
知ってしまえば、間違いなく嫌われる。
嫌いになって欲しくない。
グルグル、といたちごっこを繰り返す。

[………]

シャナメルはソファーから立ち上がると、ベランダに続く窓を開けた。





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あきゅろす。
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