まぼろばの蒼月
007
適当な店に入っては、様々な商品を見て、時間を潰す二人。
次第に時は流れて、夕闇が差し迫る。
二人で話し合った結果、エースの馴染みの店に食事をしに行く事となった。
町から少し離れた小高い丘の上にある、コテージ兼レストラン。
名を『ベンハー亭』と云った。

「あらっ、エースちゃん、いらっしゃい」

恰幅の良い中年の女が出迎える。

「ママ…おれは、"ちゃん"って柄じゃねェよ」
「何云ってンのさ。アンタがルーキーの時から知ってんだからね……ってこの娘は?」

ママ、と呼ばれた女は、シャナメルをじろじろ、見つめる。

『………みゅっ!!』

その視線に、飛び上がる様に驚くと、サッ、とエースの背中に隠れてしまう。
そして、きゅっ、とエースの背中にしがみつく。

「ママ、悪りィ。コイツ、人見知りあるんだよ。メル、この人はーーー…」

そんな二人のやり取りを見たママは、

「エースちゃんの彼女?」
「え?」
『………ッ!!』

かぁあっ、と二人が頬を染めるその様に、「良いねぇ、若い者は」と云いながらにこやかに笑う。

「おれ達はそんな関係じゃ……」
「なァに照れてんの。エースちゃんってば」

バンッ、と思い切り肩を叩かれ、

「いってぇっ!!」

と叫ぶエースと、豪快に笑うママであった。
シャナメルはその様を見て、クスクス笑う。

「ンだよ、そんなに笑うなよ」
『…だって、ふふっ』
「……チェッ」

エースは微かに唇を尖らせる。

「ほらほら、立ち話もなんだから、適当に座っとくれ」

促され、適当に座ると、メニューに目を通す。

「おれは何時もの。メルは?」
『このホウレン草とベーコンのクリームパスタ』
「あいよ」

注文を受けたママは、そのままキッチンへと向かう。

「え…と、ママが云った事だけどさ、あー、えと……気にしなくて良いから」
『…………うん』

本当は気にして欲しい。
けれど、口から漏れる言葉は、心とは全く異なる事ばかり。
"彼女?"と聞かれて、"そうだ"と云えない自身が不甲斐ない。

『エースくん?』

急に黙り込んだエースに違和感を抱いたのか、シャナメルは小首を傾げて見つめてくる。

「…嫌、何でもねェ」
『……何か、ごめんね。連れ回しちゃって……。疲れたんでしょ?この後、船に戻ろ?』
「嫌、疲れたとかそんなのじゃなくて……」

何と云えば良いんだろう。
ただ、シャナメルともっと一緒に居たいだけで、他意はない。
けれど、シャナメルが帰りたいんなら、帰る他はないのだ。

「メルは………」
『ん?』
「メルは船に戻りたいか……?」
『……え?』

唐突な質問に、シャナメルはきょとん、とした表情を向けた。
"船に戻りたい"訳じゃない。
もっと一緒に居たい。
そう思っているのは、もしかして、自分だけなのではないかーーーー…。
そんな不安が、脳裏を過った。




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