まぼろばの蒼月
005
エースは少し困っていた。
シャナメルといざ、二人きり、となると何を話せば良いのやら。
二人の間に沈黙が走る。

[何か話さねェと…]

焦れば焦る程、何を話せば良いか判らない。

[本日はお日柄も良く……って違うッ!!だぁあっ!!出てこねェよ!!初めてのデートじゃあるまいし…ッ]

心の中で悶える。
ちらり、とシャナメルを横目で見れば。
バチ、と目が合い、二人とも慌ててそっぽを向く。

[上目遣いは反則だろ!!]

口元に手を当てて、叫びそうになるのを耐える。

『……えと…』
「な、何だ?」
『町の中では"エース隊長"って呼んじゃダメだって………イゾウ隊長から聞いたの』

町の中では"隊長"と呼べば怪しまれる。
海賊が大半訪れる町なら良いだろうが、そんな町は極僅か。
今回、上陸した町は"中立地帯"とは云えど、近くに海軍の駐屯地があるので、なるべく騒ぎは起こしたくない。

「ーーーー…呼び捨て」
『……え?』
「おれの事は呼び捨て。ほら、云ってみ?」
『…………』

歩くのを止め、エースは建物の壁に背中を預けて、シャナメルを見る。
シャナメルは微かに頬を赤らめて、困惑の表情を浮かべていた。

「メールー。メール、早く〜」
『………エース…くん?』
「"くん"は要らねェ」
『……みゅぅ…』
「ーーーー……ま、いっか。今日はくん付けで」

ここで、無理やり"呼び捨て"にさせるのも大人気ない。
何時か必ず"呼び捨て"にさせる。
密かな企み。
そんな中、

「エースーーー!!!」
「ん?」

一人の女が、エースに駆け寄ってくる。

「…アリッサ……」
「エース、久しぶりッ」

嬉しそうに笑うアリッサと、エースとの間に流れる空気。
シャナメルは"ズキン"、と傷む胸に小首を傾げた。
楽しそうに笑い合う二人。

「ねぇ、この後暇?」
「悪りィ。メルの買い物に付き合うって約束してんだよ」
「メル………?」

アリッサの視線がシャナメルに突き刺さる。
モビーディック号の船員達とは異なる、鋭い視線。
その視線が、過去の亡霊を引き摺り出す。

[怖い………ッ]

自然と足が震える。

「子供じゃないんだし、買い物ぐらい、一人で行けるでしょ。そんな事よりもさ、エース。久しぶりに逢ったんだしさ………ねっ、良いでしょ?」

妖艶に微笑むアリッサ。
シャナメル程の大きさではないが、その胸をエースの右腕に押し付ける。
すると、きゅ、と左手小指が握られる。

「………ん?」

握った犯人はシャナメル。
泣き出しそうな海の瞳は不安げに揺れて。

"行っちゃやだ"

と告げている様に感じた。

[うわ……すっげぇかわいい……]

微かに濡れた瞳、紅潮した頬。
止めの一撃が上目遣い。
そんなシャナメルを見たのは初めてで。

[今すぐキスしてェッ]

今、この場の雰囲気に似合わない言葉が、エースの心の中に拡がる。

「エース?」
『エースくん…?』

黙り込んだエースを見つめる二人。
アリッサを振り払い、エースはシャナメルに抱き付いた。

『ふぎゃっ!!』

いきなり抱き付かれ、シャナメルは悲鳴をあげる。
アリッサは突然の出来事に、固まるしかなかった。

「メルを一人にする訳ねェよ。てか絶対にしねェ」
「ちょっ……エースッ!?」
「ンだよ、アリッサ。邪魔すんなよな」

ジロリ、と睨まれ、アリッサは固まる。
エースはシャナメルの抱き心地を堪能する。

「行くか」
『……良いの?』
「良いんだよ。じゃあな、アリッサ」

エースは、シャナメルの握った小指をやむなく離し、肩を抱く。
かぁあっ、と、顔を赤く染めるシャナメルに気を良くしたのか、「♪」と鼻歌混じりに歩き出す。

「なっ、なっ……エースのバカァアッ!!!!」

アリッサの叫び声は、エースに届く事なく、空気に溶けていった。






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