消えない虹の向こう側へ
交通事故
重々しい沈黙が流れる。

「じゃあ、俺から云おうか。奏荼の『名前が覚えられない』のは、何故か?じゃないのかな?」
「………」

景吾達は海音の言葉に、何も云えなくなってしまった。
どう返答したら良いのだろうか。
下手を打てば、奏荼のテニス部マネージャーの手立てを失ってしまう。

「君達が何を企んで要るのかも知ってるよ。悠ちゃんとメル友だって云っただろう?」

景吾の考えを読んだかのような発言。

「ああ、奏荼の事は気にしなくて良いよ。本格的なものにしたいから、時間が掛かるんだ」
「……そうですか」
「………」
「ならお伺いします。その原因は何ですか?」
「交通事故だよ」

あっけらかん、と云う海音に違和感を覚える。

「過ぎた事を気にして、奏荼の後遺症が治るなら気にする。けれど、奏荼はそれを受け入れてるからね」
「そうですか…」
「人に興味を持たないのは、失う哀しみを嫌って云う程、経験したから」
「経験…?」
「ウチの両親は奏荼を守る様にして絶命」
「………!!!」

重々しい沈黙が流れる。
聞いてはいけない事柄を聞いた瞬間だった。
目の前で両親を失い、自身も、事故の後遺症で苦しんでいる。
奏荼の心の傷を平気で抉ってしまったような感覚に襲われた。

「君達は優しいね。奏荼を気に掛けてくれている」
「………いえ…自分達は…」

何と声をかけたら良いのだろうか。
まだ幼い景吾達には、掛ける言葉すら出て来ない。

「奏荼を不幸だ、なんて思わないで欲しい。あの娘はあの娘なりに必死に頑張ってるんだ」
「はい」

それは判る気がした。

「お待ちどうさま。昨日、兄上が置いていったアールグレイを淹れてみたよ」

紅茶の良い香りが、辺りを優しく包む。

「はい、兄上にはコーヒー」
「ありがとう。奏荼は?」
「ほうじ茶」

自分専用のカップだろうか。
それを手に取り、ふうふう、と息を吹き掛けていた。
どうやら、奏荼は猫舌らしい。

「今日のクッキーは自信があるのだよ」

嬉しそうに笑う奏荼を見て、景吾達は何も云えなかった。


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