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不純結露




家でまったりとくつろいでいる千和はテレビをつけたままぼんやりとそれを見ていた。

そろそろ仁王も来る頃だろう、なんて思いながら微笑む。


精市との練習試合が終わってから、口頭で伝えた自分の家。
紙だと不安だし、口頭だけなら証拠も残らなくていい。そう考えながら仁王の耳に近づけて言った住所。

感の良い精市でも少し鈍いところがある。
仁王が何かしら言わない限り、それが広がることもないだろう。

雑音と鳴ってしまっているテレビの音を聞き流し、千和は今か今かと思いながらソファーに身を沈めて目を閉じた。



しばらくして鳴ったチャイムに瞼をあげて身体を起こす。

どうやら仁王が到着したようだ。

廊下をひたひたと歩き進んでドアを開ければ、そこに立っていたのは仁王でもない誰か。




「……………どちらさんで?」

「…ククッ、俺じゃ俺」



ぱさ、とカツラを取ったソレは、してやったり、とした表情で千和を見ている。

カツラの下からはキレイな銀色が広がり見なれた姿…とはいい難いが、知っている人物がそこにいた。



「マサ…」

「なかなかのもんじゃろ?」

「驚かせるな。入れよ」



玄関口に仁王を招き入れて鍵を閉めてから廊下にあがる。

一人暮らしとは思えないほどの広さに仁王は唖然とした。
どこからそんなお金があるのか問いたいくらい。

廊下の先にはベッドにソファ、大きいとは言えないが小さくないテレビにテーブル。キッチンもしっかりしている。



「千和…もしかしてすごいお金持ちだったりするんか?」

「ハハハ、まさか。借りているのさ、友人の父から。もちろん俺にはお金払うほどない。だから、いろいろとあるんだがな…」





コーヒーでいいか?
と聞きながら千和はキッチンに行きカップを取り出す。

了承の声が聞こえ、口元が緩んだ。
コーヒーメーカーを出してコンセントを差し込む。
できあがるまでの数分間の間に、かろうじて備えてあるカップを取り出した。

視線をソファーに腰かけている仁王に向ける。
テレビのリモコンを手に取って、チャンネルを変えて面白い番組がないか探しているようだ。

でもこの時間…面白い番組なんてやっていないだろう。

千和はそう思いながらも口にせず、出来あがったコーヒーを2つのカップに注いで両手に持った。
テーブルの上に置いて、戸棚から砂糖とミルクを出す。



「サンキュ」

「おー」



仁王の隣に腰を下ろして砂糖を入れる。
何気なくつけていたテレビはニュースに変わっていて、別に気を止めるものではない。



「こうやって話すのは…久しぶりだ」

「元気じゃったか?」

「それはこっちのセリフだ。」



仁王にフッと笑い、コーヒーを口にする。
つられるように仁王も笑い、コーヒーを口につけた。



「千和にもう一度会ったら言おうと思ってたことがあるんじゃけど…」

「なんだ?」

「その前に…言葉づかい、なおしんしゃい」



苦笑する仁王に、千和は発しようとした言葉を飲み込んで、もう一度言いなおす。



「……わかった。なに?」

「家のことじゃよ。」



千和から視線を外し、テレビに目を向ける。
特にみる対象などどれでもいい。
ただ、何となく移った先がテレビだった。



「家の…こと…」



仁王の言葉を復唱して、1年前のことを思い返した。

あの頃の仁王はどうも自分に雰囲気が似ていたが。
あれから何が変わったのか、千和は聞けずにいた。



「俺の家の事情、知っているじゃろ?」

「あ…うん」



淡白な家。
いや、ちがう…
あれは、もはや家ではないだろう。


仁王は家が嫌いだった。
必要とされない…存在していないような空間が嫌いだったという。

母に見向きもされず、父もいつも仕事ばかり。
実際、仁王が家で名前を呼ばれたことなんて指で数えられるほどだろう。

何日も帰ってこない仁王を心配する家族がいなかった。




「割り切った。」

「……」

「玄関から入らん。同じ家には住んどるけど、そうじゃな…まるでアパートのような感じで、俺はいつも自分部屋の窓から入って、一切親と関わらん」

「それは…」

「ああ、無理じゃよ。風呂とか、トイレとか、そういうんは一緒やし。」



すれ違っても、まるで他人。いや、そこに誰もいないかのように扱われる。
「おはよう」なんて声をかけることもないし、自分の食事は準備されていない。

当たり前だろう、どうせ作っても一緒に食べない。手もつけない。ゴミとなるだけなのだから。




「じゃあ、食事とか…」

「自分で作っとるよ。まだバイトもできんガキじゃし、毎月俺の部屋にお金の入った封筒をドアの隙間に挟んでくれとるけど」

「………」

「割り切った時からかの…親が作ったモノが食えなくなった。どれも味気がなくて、気持悪くなってしまう。」



自由になったら、軽くなると思った。
それは違っていて…行くあてもない、休まる場所がない空間にひどく吐き気がして、何より怖い。

そう続けて、両仁王は腕で自身の身体を包みこんだ。
前かがみになって蹲る彼は微かに震えており、千和は優しく仁王の背をさすってやる。



「マサ……」

「…、千和には感謝しとる。おまんに会えなかったら…俺は死んでた」

「お前をこんなんにしたヤツだ、怨まないのか?」

「昔より…楽なんじゃよ。千和と会ったおかげで、自由になったし、なんでも自分でできる」




そのままソファーに転がり、目を閉じてしまった仁王。
声をかけようにも、目尻にうっすらと浮かんでいる涙を見ると何も言えなくなってしまったのか、仁王の頭をひと撫でしてソファーを立った。



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