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novel
第三の瞳と忠義な隷人

幻想郷。
人間と妖怪が共に存在する世界。
理想郷と呼ぶ言葉が相応しい世界。
神々が恋したであろう豊かな自然は不変のものであり、其処で暮らす物達もまた美しい。







「…えーっと、…どれがいいかな……昨日はこれだったし…今日はこっちの気分かな」


夜の闇の如く暗い地下世界。
数多の妖怪達が巣くう、人間であろうと妖怪であろうとも、好んで近づく事は無い世界。
其処の奥深くにある館の厨房で一人の少女がそう漏らす。紅茶の缶が入っているガラス棚の前で、品種の異なる缶を手に取っては戻すという単純な動作を先程から繰り返していた。



「…ことは。此処に居たの」
「さとり様」
「何をしているの?こんな所で」

“ことは”と呼ばれた黒髪の少女は、後ろから唐突に聞こえた声に、驚く事もなく自然に返した。声の主―そして彼女自身の主人でもある“古明地さとり”に柔らかく微笑んだ。さとりはことはの元へ歩み寄り、何か言いたげな彼女の目を見つめた。


「あの、さとり様が―」
「『今日はどの紅茶が飲みたいのか考えていたんです』…ね。そうね…今日はコーヒーって感じの気分なのよ」
「あうう、そうなんですか…わかりました、今から入れますね」

「えぇ…それと…?ことは、なんだか焦げ臭いのだけれど…」
「え?…ってわああー!!ブリオッシュがーっ!!」
「………」



さとりの一言でことはは紅茶の缶を手放し、慌てた様子で煙を上げるオーブンに駆けよる。その様子を目で追うさとりは、少し乾いた笑いを見せ、聞こえない位の小さな声で呟いた。


「『私も、さとり様の事が分かればいいのにな』…………貴方はそんな事思わないでいいのよ。…だって貴女は―」



嫌われ者が住むと言われる世界にも、それぞれの暮らしはあった。
病気を操る土蜘蛛や、嫉妬の橋姫。怪力乱神の陽気な鬼。


そして、地下の奥深くに在ると言われる館。
周りは灼熱の溶岩に囲まれた、正に地獄という言葉が相応しい館。
“地霊殿”に住まうは多くの妖怪と、たった一人の人間。
第三の瞳を持つ主に使えるは、少々儚げな印象が漂う少女だった。





「あの娘、なかなか難しい感じかしら?うふふ……」



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あきゅろす。
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