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夏に雪
及川綾実

担任が出て行き、がやがやと騒がしさを増した教室内で私はやっと一息付くように鞄を整理していた。ハルがお化粧直してくるから少し待っていてくれと私を置いて教室を出て行った為、私は喧しい程の喧騒の中にもう暫く居る事を余儀なくされた。しかし、先程とは違い各々の興味がバラバラに拡散しているので、私は息苦しい雰囲気に縛られる事も無く、寧ろ毒気を抜かれるように脱力し、呑気にハルを待っていながらにして気分を楽にする事が出来た。

大雑把にプリントや書類に目を通し、鞄に詰め込む。新しいクリアファイルに紙が差し込まれる。そうしてうつらうつらしていたのは良いのだが、ちらり、と時計を見ても、ハルが戻って来る様子が無く、私はまた重い感情にうなだれた。

…帰ったんじゃないだろうか。
悪く言う訳では無いが、ハルの行動ならば有り得る。喧騒が少し減った教室から、手洗い場を探しに教室を出る。廊下に出て慌てる私の瞳に、男子を魅了するであろう黒髪が映った。

「…あ」

誰だったか、名前が思い出せない。私が彼女を見ていれば気が付いたのか、肩までの黒髪は靡いて私に近付いた。

「どうかしたの?…なっちゃん」

綺麗だがハルとは違う空気に、私はどきりとした。

「え、っと、…トイレ、どっちだったかなと思って…えと…」

「及川?」

どぎまぎしていれば、彼女はすっぱりと私の言いたい事を当て、及川、及川綾実です、宜しくねなっちゃんと自身の名を繰り返した。

「あ、ありがとう、及川…さん、」

「綾実で良いよ」

さくさくと返る返事に小さくあ、あや…み?と声に出してみる。

「なーんか、なっちゃんてさ、ジュースの名前みたいだよね。可愛いけど」

くつくつと笑う彼女のそれに貶しは無く、私にすっと浸透した。

「あ、…えと…手洗い場…って…」

何でも無い会話を楽しむ余裕も無く、私は会話を切るように知りたい事を切り出した。綾実はああそうだよね、ごめんごめんすぐそこにあるよと場所を指差し、引き留めてごめんねと笑った。

「えあ…ううん!大丈夫、平気!ありがとう!」

「じゃあまたね、なっちゃん」

ふい、と私を通り過ぎる綾実に私はあのっ!と声を出し彼女を引き留めた。

「ん?」

「さ、さっきのあれ…何て言ってたの、かな、って」

ああ、あれ?と綾実はコツンと私に近付いて、声を紡いだ。

「はじめまして、なっちゃん。って言った」

何でも無い言葉に、綾実が加わると何だか変な感じがして、私はまた綾実の顔をまじまじと見詰めてしまった。

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