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夏に雪
ユキの色彩

「ここの所はもうちょっと埋めた方が好いかな。逆に、ここはちょっと色彩が強いから薄めるか、白を足した方が良いよ」

説明と同時進行でユキは筆を動かし、私は魔法にでも捕らわれるようにそれを見ていた。
ユキの筆遣いは軽やかで止まる事無く、私のキャンバスにユキの色彩は描かれ世界を生み、私のキャンバスには二つの世界が生まれていた。ひとしきり筆を動かした後で、ユキは我に返ったように、うわ!ごめんナツ、何か凄い描いちゃったと謝った。だが、謝られる理由が私には分からなかった。ユキの筆遣いに世界は息づき、きらきらと輝きを増して見える。思わず私は綺麗…と呟いた。ユキは照れるようにナツの絵が綺麗だったからだよと言って笑った。

「ユキって絵上手いんだね、びっくりしたよ。だから私が美術部入る時どうしてって訊いたの?」

「あぁ、それね。そうそう、自分が昔描くの好きだったから何か気になってさ」

ユキは笑っている。ここでも、また絵画が生まれそうだった。

「でもユキもこんなに絵上手なのに。美術部とか、先生も大歓迎だったと思うけどなぁ」

本心だった。どうしてこんなに絵が上手いのに美術部では無くて吹奏楽部を選択したのか不思議でならなかった。ユキをじっと見詰めながら返事を待てば、絵、上手かったのはお父さんだったから、私はそんな大した事無いからと言い、表情を曇らせた。

「あ、ご…ごめんユキ、何か」

「ううん、昔の事だから。それに、ナツが上手いんだねって言ってくれて嬉しかったし」

有り難うね、とユキは私に微笑みかけた。何か嫌な事を思い出させてしまったようなのに、穏やかなユキの対応に私は胸を締め付けるしか無かった。私は誰に対しても愚鈍過ぎる。だからアキにも冷たくあたられてしまうのだ。落ち込んだ理由を思い出して居れば、ユキはちょっと遅いけど、寄り道して行かないと切り出して来た。どこまで行くのと聞けば、私の乗り換えで降りる駅あるでしょう、そこに美味しいクレープ屋さんがあるんだよとユキは答えた。クレープか、うん食べたい!と私は答え、揚々と片付けを始めた。

「ちょっと待っててね、ユキ」

「クスクス…良いよゆっくりでも。ちゃんと待ってるから」

道具を片付けながらユキに視線を向ける。椅子に腰掛けて居るユキは美術室が良く似合っていた。ハルに化粧品がしっくり来るような感覚だった。
ユキは美術室を眺めながら、また描いても好いかなと小さく呟いた。聞こえないふりをしながら、私は心の中で静かに頷いていた。

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あきゅろす。
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