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夏に雪
待ち人とキャンバス

アキと別れてから私の足は美術室に向かい、力無くキャンバスを立て掛けながら準備をしていた。しかしパレットに絵の具を出そうにも筆を持つにも気は乗らず、私はキャンバスを前に眺めながら茫然と椅子に座り尽くすだけだった。
何もする気にならなかった。それでも帰る気にもならなかった。私はただ筆を取っては絵の具を混ぜ、止まってはキャンバスに色を載せ、載せては絵を意味なく見詰め怠惰な時間を消費した。美術室から人が消えてからはただ何もせず座り尽くしていた。座り込んで居ても何もならないが、私は座りながらずっと、ドアが開くのを待っていた。発表会が近いので早くないのは分かっていた。けれど私の胸は、それを待たずには居られなかった。


辺りも濃い夕焼けに落ち、電気の付いているこの部屋だけ明るい。私は座りながら眠気に誘われるようにぼんやりとしていた。人が入って来たのにも気が付かなかった。声を掛けられながら肩を軽く揺すられて、私には漸くその姿が映った。

「ナツ、…ナツ?もう暗いよ?帰んないと」

「ん……あ…?」

開く目には心配そうに私を見るユキが居た。醒めない頭の儘私は何でユキがここにいるのと呟いた。ユキは緩く笑いながら遅くなったからまさか居ないとは思ったけど居たら一緒に帰りたいなと思って美術室来たんだよ、ほんとに居たからびっくりしたよと言った。私は眠い目を擦りながらうん…ごめんと答えた。ユキは目を擦る私の背中を支えていた。目を覚ますようにユキを見れば、ユキは目の前に立て掛けたキャンバスを見ていた。

「あ…それ、ッ…まだ描き途中で」

私は絵を隠そうと椅子から立ち上がった。慌てた音に驚く様子も無く、ユキはこれ、ナツが描いたのと訊いた。私は呆気に取られながらう、うん…と頷いた。ユキはキャンバスに手を伸ばしながら言葉を口にした。

「いい絵だね。凄く、気持ちが籠もってる。大事にしてるの?」

少しだけ私の方に振り向くユキからの言葉に胸はとくりと動く。何かを探るように問い掛けるユキの口調に私の鼓動は早くなる。

「大事…って…?」

「何か、これを描く時に題材にした物が有るでしょ?それが凄い、ナツにとって大事なものなんじゃないかなって。伝わってくるよ」

ユキは私に振り向いて笑んだ。彼女の、私の絵に対する評価に私は驚いていたし籠めた想いまで見抜かれ、どうしたら良いか解らずただユキを見詰めてしまった。くす、とユキは笑ってから、でも少しだけ、ここはこうのが好いかなと筆を取った。

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あきゅろす。
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