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夏に雪
彼女の秘密

「ナツ、ナツ、もう、大丈夫だよ!」

何度もハルにそう言われてから私は走り続けた足を止めた。有り得ない窮地から逃げ出した走りは体験した事の無い疲れを呼び、ハルの声に掠れた息で咽せながら返事をした後、私は膝に手を付きながら俯き、荒い息を整えた。
ハルは腕を取って走り出す私に驚いては居たようだが何も言わなかった。ただ小さな声で、ごめん、なっちゃんと言った。その声はいつもの明るいものとは違う、暗い音程だった。

「なっちゃん、ちょっと座らない?」

ハルに声を掛けられ、私は顔を上げた。ハルは側に合ったブランコを指差していた。後先考えず走り続けた結果、駅前を抜け、閑静な住宅街に私達は居たようだった。マンションが並ぶ中小さく作られた二台のブランコは、親子連れが使用する為に誂えられた物だろう。私は小さく頷きながら、ハルと並んでブランコに乗った。


ブランコに揺られながらハルが話してくれた事は、私の不安が当たっていると言う事だった。ただ実際にそれをやった回数は少なく、ブログに載せていた大半の化粧品は貯めていたお金を下ろして購入していたと言う。それだけでも、私は胸の蟠りを無くす事が出来た。

「ほんと良かった…」

私は力無くうなだれながらそれだけ口にした。回数の問題では無いのは解って居るが、胸の煩いはもっともっと大きな物だったからだ。ハルはそれに軽い笑みを零しながら、流石にそんな沢山やる勇気は無いよぉと繋げた。

加えて、彼女は本当に化粧品が欲しかった訳では無く、自分に無関心な母親に構って欲しい旨も抱えていたと、話してくれた。毎朝、机の上には小銭が置かれ、それがお昼のお弁当代だった事、叱られるのは承知の上でも、母親と自分の関係が少しでもどうにか変化するのでは無いかと言う事、卵焼きは母親が作ってくれる料理だから好きなのだと言う事…彼女から出て来る言葉は悩みや悲しみに包まれていて、私はハルに何と声を掛けて上げたら良いのか言葉が見付からなかった。ただハルの横顔を見詰め、明るいハルに押し込められるようにして隠されていた悲しみに胸を痛める事しか出来なかった。

粗方話を終えた後で、ハルは携帯の機能を使い駅前に戻ろうと提案した。それは店舗に戻り謝りに行くのでは無く暗いから帰路に着こうと言う事だった。私はそれに同意し、ひとつハルに提案を持ち掛けた。ハルは目を丸くして驚いたがその提案に頷き、私達は顔を見合わせて笑いながらその場を後にした。

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