[携帯モード] [URL送信]

夏に雪
美しい絵画

「ごめんね、今片付けるから待ってて」

「うん、大丈夫」

かたりとユキは席を立ち、手にしていた楽器を片付け始めた。トランペットを解体し、中を拭き取る。私はその作業をぼんやりと適当な椅子に腰掛けながら見ていた。

ユキとはお互い部活が終わる時間が被った時だけ一緒に帰っていた。ハルもアキも授業が終わり部活が始まる時間になればそこで別れ、一緒に帰宅する事は出来ない。しかし部活に入った私達には部活動が終わった後時間が合えば一緒に帰る事が出来た。ユキがどう思っていたかは判らないが、私はそれを嬉しく思っていた。四人で楽しく過ごす事も勿論好きだったが、こうしてユキとふたりきりで同じ時間を過ごせる事は、私にとってとても嬉しいものだった。空を染める夕焼けを見ながらトランペットを組み立てるユキの横顔を眺める。黒髪は夕焼けに染められ、肌はそれに反射し、柔らかい風景と彼女は同化し混ざり合い、美しい絵画のようにも見えた。

きれい…と思わず呟けば、ナツは夕焼けが好きなんだねと絵画は私に笑んだ。そうだね、好きなのかもしれないと続ければ、空は万人を受け止めて存在を教えてくれるものかもしれないと思ってるから、余計好きだなとユキは応えた。

ユキは私にとって不思議な存在だった。人らしいと言えば人らしいが、人らしくないと思えば人らしくなかった。意見が普通と違うと言うか、突飛にずれるのでは無く色々理解していて、何の対応にも優しさと配慮が見えた。それは年齢にそぐわない大人びさを齎し、ユキに明瞭とは掴めない深い雰囲気を持たせていた。

「ナツ、お待たせ。帰ろっか?」

ユキは良く笑う。笑うと言うよりは目許を緩めて綺麗に笑む。

「うん、帰ろっか」

私はそれが好きだった。

がたりと教科書の詰まった鞄をリュックのように背負い、私とユキは吹奏楽部室を後にした。
ユキがカシャリと部室に鍵を掛ける。鍵を掛けられた部室の扉から見える景色には先程までの私達が閉じ込められ、夕焼けに染められて美しく其処に留まっているような気がした。
美しく笑うユキが、それに連れられて笑う私が、ユキの吹き奏でるまだ滑らかでは無いその旋律が、空を染めた夕焼けの色と香りが、そして、ユキがトランペットを解体しながら風景に溶け込んだ瞬間完成したあの美しい絵画が…この空間に今から永久に永遠に、針を刺されて完成していく蝶の標本のように…この空間に完成していくのを私は感じていた。ユキに声を掛けられ、私は標本の完成を強かに覚え、部室を後にした。

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!