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夏に雪
美術室

私は教室を駆け出すように出ると、美術部の部室である美術室に向かった。教室から階段を下りた先にある美術室は普段美術の授業の時間にも使われているが、放課後の魔法が掛かった今は、静かに、部員を出迎える部室になっていた。
美術室のドアを開け中に入ると、数人の部員が居て既に画材を手に取り絵を描き始めていた。アクリルや水彩の絵の具の匂いが混じって、美術室をより美術室たらしめていた。

「おはようございます、早いですね」

私が声を掛ければ、ええ、おはようございますと声が返る。先輩部員は直に始まる夏休み後の展覧会へ向けて作品を持ち帰り仕上げるらしく、部室には同学年しかいない。新入生の自分としては先輩が居ない事は気が楽だった。言葉にはしなかったが、他の新入生部員も同じ事を思っている筈だった。
キャンバスを立て掛け、向かい合うように椅子を置く。絵の具と筆洗いの容器を準備し、私はキャンバスに筆を載せた。
描く主題は自由なもので良いらしく、私は初めて胸を動かされた初恋の絵画を思い浮かべながら描いていた。胸に残る映像をその儘にするのでは無くそこからイメージするものを余り堅苦しく固める事無く絵にしていった。決して絵心が有る訳では無く、描くのが上手いと言う訳でも無い。それでも私はこの気持ちを絵に表す事を選んで、美術部に入部した。この初恋を、変化する前に留めておきたかったのかもしれない。
私は集中して絵に取り組み、白いキャンバスを色彩に埋めていった。




陽は暮れていき、窓の外は薄いオレンジに染まっていく。これから訪れる夜に備えて、部室の生徒達はキャンバスを片付けて帰宅していく。最後だから戸締まりを宜しくねと鍵を渡され、私は誰も居なくなった部室でもう暫く描いた後、片付けて戸締まりした後部室を出た。夕焼けは傾き、深くその空を染め上げていた。

部室を出て、廊下から階段を上がる。コツコツと階段を上がれば上から楽器が奏でる音楽が静かに流れてくる。所々、流れては止まり、復活すればどことなく詰まる。少し止まり、また澄んだメロディは流れて来る。私は口元を緩めながら、上がった階段からそれが流れる教室の扉に手を掛ける。カラカラ…と静かにそれを開ければ、座りながら楽器を演奏している彼女と目が合った。

「お待たせ、待たせちゃってごめんね」

「ううん、私も練習してたし、大丈夫」


楽器を口元から離しながら、黒髪の彼女ーユキは私ににっこりと微笑んだ。

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