桜 常 編 81 「おれは六歳まである施設で育った。ピース……フィラピースを研究してる施設だ」 「それって……」 倉掛はなにか言いかけたが、途中でやめて続きをうながした。 「そこでおれは監禁まがいの生活をしてた。外の世界を見る機会はなかったから、 そこが異常だってことも知らなかった。実験台にされたりはしてなかったと思う。 オモチャもおやつももらえたし、普通に遊んで暮らしてた。記憶にあるかぎりは」 友達はいなかったが、不自由は感じなかった。 「六歳のとき、おれのところに友崇が来て、ここにいちゃいけないって言われて外に連れ出されたんだ。 それからは真岸家にかくまわれて暮らした」 「真岸? って、化学の真岸友崇のこと?」 「そうだよ」 少し体を起こすと、倉掛が口をぽかりと開けていた。 「真岸ってお前の仲間だったのか……ていうか、育ての親? 兄?」 「そんなとこかな」 施設を出たあとはよく覚えている。 小学校へ行き、友達を作り、勉強をして健康的に育った。 施設がおれを探していることは知っていたが、接触したことは一度もない。 それも友崇と友崇の父親のおかげだ。 おれは覚えているかぎり話して聞かせた。 思い出を隠すことなく語るなんて、生まれて初めてだった。 なんだか背中がむずがゆかったが、自分のことを知ってもらうのは思いのほか心地よかった。 おれは確かにここにいるんだと確認できた気がする。 「つまり」 すべて話し終えると、倉掛があごに手を当てて真摯な目つきで言った。 「お前裏口入学なんだ?」 「そこかよ」 「どうりで最初っから赤点とってるわけだ」 「うるせえ!」 痛いところを突かれてがなると、倉掛は高らかに笑った。 しかし、おれが見ていることに気がつくと笑みがひっこみ、ほんの少しだけ、 申し訳なさそうな表情になった。 おれは怒りが少し冷めたのを感じた。 この男は謝ることに慣れていないんだろう。 完全に許しはしないが、貸しにしておくことで納得しておいてやるか。 そんな気になった。 ◇ *<|># [戻る] |