ブルー・デュール
桜 常 編
80
言われた通り、おれは図書館に向かった。
休日でも図書館だけは開いていることを忘れていた。
ここに隠れればなんとか逃げ切れた気がする。
階段を四階まで上がると、鳴瀬が脇の壁に寄りかかっておれを待っていた。
よれたこげ茶のタンクトップに愛用のスウェットズボン姿で、髪の毛はぺちゃんこだった。
どうやら寝起きのまま飛び出してきたらしい。
「ひどい格好だな。山登りでもしてきたのかよ」
鳴瀬はおれのシャツについた草を手で払った。
今のおれは土まみれの汗まみれ、なにも言い返せない。
「こっちだ」
鳴瀬は生徒立ち入り禁止の立て看板を越え、さらに階段を上がっていく。
ドアの鍵を開けた先には、屋上が広がっていた。
殺風景なコンクリートを走る碁盤状の溝に沿って雑草が生えている。
倉掛は柵に寄りかかり、あぐらをかいて座っていた。
おれは鳴瀬のあとについて倉掛のそばに立った。
倉掛は目を伏せ無表情で、おれを見ようともしない。
「この賭けは無効だ」
鳴瀬が言った。
命令というより、決定だ。
倉掛は一瞬鳴瀬を見上げたが、またすぐに視線を落とした。
そのふてぶてしい態度に腹が立ち、おれは一歩前へ進み出た。
「おい、おれになんか言うことねえのかよ」
昨夜は体中を熱い蛇が牙をむき出しながら這いまわる夢を見た。
寝苦しかったせいもあるだろうが、どうやらトラウマになってしまったようだ。
おれは黙って倉掛が口を開くのを待った。
鳴瀬もなにも言わない。
だが倉掛は意地を張っているのか、貝のように押し黙っている。
緑に囲まれた開放的なところにいるのに、ひどく息苦しかった。
「……わかったよ」
おれと鳴瀬の無言の攻撃に耐えられなくなったのか、とうとう倉掛が顔をあげた。
「俺が悪かった。謝るよ」
それだけだった。
おれはもっと詰問しようと思ったが、その前に鳴瀬が腰を下ろして煙草に火をつけた。
「まあいいだろ。それよりちょうどいい機会だから、戸上、お前のこと話せよ」
どうしておれが話すことになるんだ。
今は倉掛の話を聞く時間ではないのか。
「脈絡がない」
「そんなことねえよ。お互いを知らないと、見えてこないものもあるだろ。ほら、座れって」
煙草をくわえた鳴瀬に腕を引っぱられて、しぶしぶその場に座った。
あますところなく太陽にさらされたコンクリートで尻が熱い。
体の後ろに手をついて空を仰いだ。
青空にぽっかり浮かんだ綿雲が、とてもゆっくり移動している。
おれはそのまま仰向けに寝そべった。
「そうだな……」
おれは目の上に腕を置いて、話し出した。
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