桜 常 編 71 「俺に秘密作っていいと思ってんのか? 俺はお前の保護者で相棒だぞ。 お前の身の安全を誰が守ってると思ってるんだ、え? 鳴瀬か?」 おれは濡れた犬が体の水分を飛ばすように首を振った。 「違う……」 「じゃあなんで俺に黙ってたんだよ! そんなに俺は頼りないか!」 「違う、信頼してるよ! ただ、心配させたくなかったんだ。それだけ……」 友崇は本気で怒っている。 いつかこうなるかもしれないと思っていたが、いざ直面すると体が震えてどうしようもない。 信頼し合う間柄だからこそ、裏切られた気持ちにさせてしまったのだ。 逆の立場だったら、おれも悲しく思っただろう。 「ごめん……」 「謝ってほしいんじゃないんだよ……わからないのか? 俺の気持ちが。俺はお前が大事なんだよ。 だから、なあ」 おれの双肩を強い手がしっかりつかみ、一度だけ乱暴に揺さぶられた。 友崇はせっぱつまった辛そうな表情をしていた。 怒鳴りだしそうにも泣きだしそうにも見える。 「お前は俺が――」 友崇がなにか言いかけたとき、入り口のドアが開いた。 「その辺にしたらどうですか? 廊下まで声が漏れてますよ」 鳴瀬だった。 「やっぱり真岸先生が戸上の手引きをしてたんですね」 鳴瀬が笑いながら言うと、友崇はおれを離して背でかばうように鳴瀬のほうを向いた。 「なにをしに来た」 「そんな睨まないでください。なにもしませんよ」 鳴瀬はドアを閉め、暗い化学室を見回した。 おれたちの険しいムードなんてものともせず、鍵のかかった棚をガラス戸ごしに興味深そうに眺めている。 「戸上がひとりで動いてるんじゃないってことはわかってましたよ。 情報集めを戸上ができるわけないし、なにより足がない。 ここから最寄駅まで歩いて行ってたら、一晩で帰って来られるわけがないですからね」 「りゅうから聞いていたんじゃないのか?」 「そいつはなにも話してません。全部推測です。俺が戸上をつけて図書館に行ったとき、 真岸先生がタイミング良く来て戸上を逃がしましたよね。あれでなんとなくそうかなって思ったんですよ」 「察しがいいな」 「ありがとうございます」 あのとき図書館に鳴瀬が現れたのはおれを尾行していたからだったのか。 あまりにタイミングが良すぎると思った。 とすると、今もつけてやってきたのだろうか。 いや、さすがにそこまで目立つ真似はしないはずだ。 クラス委員は鳴瀬の言うことをなんでも聞くから、久河あたりをおれの監視役にしているのかもしれない。 最近やけに久河と目が合うし。 「お前はりゅうをどうしたいんだ?」 友崇は教師モードとは思えない冷淡な声で言った。 鳴瀬は軽く肩を上げた。 「先生には関係ないですよ」 「教師をおちょくるのはやめろ。お前がなにを考えているのか知らないが、 りゅうに妙な真似したら許さないからな」 「わかってます」 鳴瀬の敬語は慣れないせいか耳がむずむずする。 丁寧な口調だが、慇懃すぎてからかっているように聞こえる。 このふたりはどうやら水と油らしい。 どちらも怒らせると厄介だから、しばらくは大人しくしていよう。 ◇ *<|># [戻る] |