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ブルー・デュール
桜 常 編



 集中しすぎて足音に気づかなかったようだ。
 客のひとりだろうが、暗闇の中どうしてこんなところに来たのだろう。

「お前、回収できるのか。何者だ?」

 おれは言葉につまった。
 この男、おれがしていたことがなんなのかわかるのか。

「先を越されちまったみたいだな。おい、それをよこせ」

 おれは用の済んだ猫の置物をラックに戻し、右手に懐中電灯、左手にできたてのピースを握った。
 男は手ぶらだが、落ち着いた立ち姿は一分の隙もない。
 おれが一歩踏み出すと、仮面の奥から男の目が光った。
 ほとんど真っ暗で目の動きなんて見えないはずなのに、男の視線が強くおれを捉えているのがわかる。

 おれは一歩一歩踏みしめながら男に近づいた。
 互いに目を離さない。
 離した瞬間に食われそうな気がした。
 仮面ごしに相手の腹のうちを探り合う。

「……わかった」

 おれはピースを持った左手を差し出した。
 男は寄りかかっていた体を起こしておれの目の前に立った。
 やたら背が高くて威圧感がある。

 男が腕を伸ばそうとしたとき、おれは懐中電灯で男の顔を照らしてやった。
 目がくらんだところを見計らって明かりを切り、懐中電灯を持ったまま殴りかかった。
 だがこぶしは男の手にすっぽり収まってしまった。
 慌てずに今度は蹴りを繰り出したが、軌道を読まれてかわされた。

 左手首をつかまれてねじり上げられ、おれは悲鳴を上げた。
 なんて奴だ。

「いっ!」
「さっさとよこせよ」

 頭の上から苛立った声がする。
 遠慮ない力に涙目になった。
 なにがなんでもピースは渡さない。
 しかし否応なく左手から力が抜けていき、ガラス玉のようにもろいそれがこぼれ落ちた。

 床に落ちたらアウトだ。
 おれと男は同時に手を突き出した。

 なぜかそのときは時間がとても緩やかになり、おれは心臓の音を聞いた。
 男のほうがわずかに早い。
 おれは懐中電灯を男の顔めがけて投げつけた。
 金属の塊は男のこめかみにぶつかり、男の手が止まった。
 おれは床ぎりぎりでピースをキャッチし、前転して男のそばをすり抜けると脱兎のごとく逃げ出した。

 まだ電気は復旧していないようだが、あちこちから人の声がする。
 出口はどこだかわからない。
 ただがむしゃらに走った。
 あの男が追ってきているかどうか、確認するひまさえなかった。


   ◇



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