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ブルー・デュール
桜 常 編

33

 次の日は倉掛に化学を教わった。
 これが今のおれにとって一番重要な科目だ。
 だが、倉掛の授業は密室でふたりきりで受けるものではない。

「あーこれ惜しいな。小数点つけ忘れただけじゃないか」

 倉掛は理事長室から拝借してきたソファに座り、隣を叩いておれに座るよう促した。
 おれが距離をとって遠慮がちに浅く腰かけると、自分から移動して密着してきた。
 倉掛は問題用紙を右手に持ち答案用紙を膝に広げ、残った左手をおれの腰にまわしている。

「倉掛先輩」
「んー?」
「勉強するなら机でやりましょうよ」
「そうだなー」

 口ではそう言いつつ倉掛はソファから動く気配がない。
 おれの理解していないポイントを探してくれているようだが、手が不真面目すぎる。
 ピアノでも弾くようにおれの腰を叩くのをやめてほしい。

「まず式の立て方からわかってないみたいだね」

 倉掛は片手で器用に教科書をめくり、目当てのページを差し出してきた。
 おれは教科書を受け取って眺めながら説明を聞いた。
 しかし腰の手が気になってなにも頭に入らない。
 イチモルってなんのことだ。
 そんな用語習ったかな。

「先輩っ」

 手がだんだん降りていき内股をさすっている。
 倉掛はおれの咎める声にきょとんとした。

「なに、質問でも?」
「真面目に教えてください」
「教えてるだろ」
「じゃあ手をどけてください」
「りゅう、知らないのか?」

 内股から手が離れていったと思えば、今度はうなじをなでられた。
 ねっとりと絡みつくような動きに背筋が寒くなる。

「体を動かしながら勉強したほうが身につくんだよ。運動なら得意だろ?」

 耳に息を吹きこむように言われ、おれはある可能性に行きあたった。
 これはおれがピースを回収していることをほのめかしているのではないだろうか。
 他愛のないお喋りを装って、おれの反応を確かめているのかもしれない。
 誘導尋問ということも考えられる。
 友崇曰く、おれは騙されやすいそうなので、下手に答えて墓穴を掘ることは避けなければ。

「別にそんなに得意じゃないですよ」
「そうか? 見た目より筋肉ついてるみたいだけど。部活にも入ってないのによく鍛えてるんだな」
「それはまあ、体型維持のために」

 倉掛はおれの脇腹をつかんで固さを確かめている。
 ストレッチは毎日かかさずやっているので、無駄な肉はついていないはずだ。

「細くて白くて、いい体だねー」

 これは果たして疑われているのだろうか。

「もっと見せてよ……運動してから勉強するのはどう?」

 やっぱりただのセクハラのような気がする。


   ◇



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