桜 常 編 32 兄の新は書記で文系、弟の湊は会計で理系。 得意分野はまったく逆のはずなのに、おれはふたりに挟まれて両脇からあーだこーだと説明を受けている。 聖徳太子ではないのだから正直理解できない。 「どんな式もまず共通項をくくるところから始めるんだよー」 「あーあ、助動詞の活用をまったく覚えてないね? これ覚えないとこれからもずっとできないままだよ」 「はあ……」 「はいこの式は? まず?」 「語呂合わせで覚えるといいよ。リカちゃんサミシイ。はいリピートアフターミー」 頼むから別々に教えてくれ。 ふたりも同じことを思ったらしく、おれを挟んで睨み合いを始めた。 「ちょっと新、今は僕が教えてるんだから黙っててくれよ」 「僕のはすぐ終わるから、先にやらせてよ。そのあとでゆっくり教えればいいだろ」 「なんでいつも新が先なんだよ!」 「いつもじゃないだろ、そっちのほうが効率がいいから言ってんだよ」 「いいや、そうやっていつも僕を後回しにするよね。勝手だと思わないのかよ。 僕がいつも我慢してるのわかんないの?」 「いつもっていつだよ!」 「いつもはいつもだよ!」 あいだにいるおれの身にもなってほしい。 ふたりはしばらく本の貸し借りについての討論を繰り広げていた。 新はなかなか返さないだの、湊は食べ物のかすですぐ汚すだの、おれの入りこむ余地がない。 得意科目以外はそっくりな双子なのに、齟齬が生じるのも妙な話だ。 おれの携帯電話がメールを受信して震えると、その音でようやくふたりは我に返った。 「あ、ごめんりゅう君。つい時間を無駄にしちゃったよ」 「大丈夫です」 「じゃあ再開しようか」 「はい。あの湊さん、古典からやってもいいですか。おれ数学だめなんで、 そっち先にやると絶対終わらなくなっちゃうと思うんで」 また喧嘩が勃発しないようにおれから申し出た。 しかし、湊は眉根を寄せて半眼でおれを睨んだ。 「僕は新だ」 地雷を踏んでしまった。 この双子は繊細にできていて、特に新は湊と混同されることを嫌う。 頭がいい奴ほど扱いが難しいものだ。 「すいません……」 「まあいいけど。じゃあ古典から始めるか」 「りゅう君、簡単だよ。僕じゃないほうが新だから」 わざと言っているのでなければ、湊は相当の天然だ。 ◇ *<|># [戻る] |