[携帯モード] [URL送信]

ブルー・デュール
桜 常 編



 目が覚めたとき、おれはどうしてここにいるのかわからなかった。
 今日がいつで今までなにをしていたのか、さっぱり思い出せない。
 身をよじろうとして、体が言うことを聞かないことに気がついた。
 両手をひもでぐるぐる巻きに縛られている。
 ひもは手首にがっちり食いこんでいて、意識したとたんに痛み出した。

「いいタイミングに起きたな。戸上(とがみ)りゅう」

 足音が近づいてきて、前髪をつかまれて無理やり顔を上げさせられた。
 声の持ち主はやはり五分刈りの店主だった。

「なんでおれの名前……」
「最近は物騒なもん持ってるガキが多いから、ちょいとポケット調べさせてもらったぜ」
「なんだよこれ! おれがなにかしたかよ!」
「お前いけにえにされたんだよ。残念だったな」

 店主はおれの財布をみせびらかすように振って見せた。
 そのにやけた面に一発ぶちこんでやりたいが、腕を拘束されて転がされている身ではなにもできない。
 店主はおれを引きずって別の誰かの手に渡すと去って行った。
 薬の影響か体が思うように動かない。

「おとなしくしてろよ。大丈夫、痛いことしねえから」

 おれの後頭部をなでながら甲高い声の男が言った。
 おれは肩を落として黙りこんだ。

 こんな話は聞いていない。
 合言葉を言えば店の奥に案内され、そこでピースを回収して終わりのはずだったのに。
 わざわざ遠くまで休日返上で来ているのにひどい扱いだ。

 視界が妙に限定されていると思ったら、顔の上半分をなにか固いものが覆っていた。
 目の穴が空いているから仮面かなにかだろう。
 仮面舞踏会でもやるつもりなのか。

 目の前には分厚い赤カーテンが降りていて、ここがどういう場所なのか見当もつかない。
 だが声はよく響くし、カーテンの奥から人の気配がするので広い部屋なのかもしれない。
 茶色の塗料が塗られた床は固くて冷たい。
 あちこち見まわしていると、背後の男がおれのうなじをつかむ手に力をこめて牽制した。
 その手つきが気持ち悪くて身をよじってしまう。

「おい、動くなって。じっとしてろ」
「うるせえ、触んな!」
「口ふさぐぞ。そんな警戒しなくても商品に手は出さねえって」
「商品?」

 嫌な単語が飛び出した。
 一体なんの商品にされるんだ。

 もっと聞こうか迷っていると、遠くで機械混じりの女の声がした。

「それではここで、本日飛び入りの品をご紹介します」

 背後の男がカーテンの脇に下がる太いひもを引くと、カーテンが左右に別れてつり上げられた。
 予想以上に広い部屋だった。
 天井は狭いが、没落した貴族の屋敷のように厳かな雰囲気だ。
 豪華でどこかさびれている。
 壁にずらりと並んだ蝋燭風のライトが鈍く部屋を照らしているが、映画館並みに暗い。

 半円状に並べられた椅子にはたくさんの人が座っていた。
 おれはスポットライトを当てられて注目され、舞台上の役者の気分を味わった。
 しかし、こんな妙ちくりんな観客はどこを探してもいないだろう。
 男はスーツで女はフォーマルな服装をしているが、押し並べて仮面をつけて顔を隠している。
 時代錯誤もはなはだしい。

「現役高校生の健康な少年です。どこにも痛みはありませんし、これほど若いものは滅多に出回りません。
皆様は貴重な機会に巡り合うことができたのです」

 まるで骨董品扱いだ。
 連中はおれを商品としてしか見ていないようだから、それも当たり前か。

「何度も言うようですが、これは合意のもと行われています。より良い買い手がつくことが、彼の幸せなのです。
その点を留意された上で、ご検討願います」

 女の声がおれの頭の上を過ぎ去っていく。
 勝手なことばかり言いやがって。
 おれがいくら抗議しようと問題にもならないと言いたいらしい。

 どこかにいる女の司会で競りが始まった。
 最後まで残った奴におれは引き取られ、人権もなにもない生活を送ることになる。

 冗談じゃない。


   ◇



*<|>#

2/12ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!