桜 常 編 2 目が覚めたとき、おれはどうしてここにいるのかわからなかった。 今日がいつで今までなにをしていたのか、さっぱり思い出せない。 身をよじろうとして、体が言うことを聞かないことに気がついた。 両手をひもでぐるぐる巻きに縛られている。 ひもは手首にがっちり食いこんでいて、意識したとたんに痛み出した。 「いいタイミングに起きたな。戸上(とがみ)りゅう」 足音が近づいてきて、前髪をつかまれて無理やり顔を上げさせられた。 声の持ち主はやはり五分刈りの店主だった。 「なんでおれの名前……」 「最近は物騒なもん持ってるガキが多いから、ちょいとポケット調べさせてもらったぜ」 「なんだよこれ! おれがなにかしたかよ!」 「お前いけにえにされたんだよ。残念だったな」 店主はおれの財布をみせびらかすように振って見せた。 そのにやけた面に一発ぶちこんでやりたいが、腕を拘束されて転がされている身ではなにもできない。 店主はおれを引きずって別の誰かの手に渡すと去って行った。 薬の影響か体が思うように動かない。 「おとなしくしてろよ。大丈夫、痛いことしねえから」 おれの後頭部をなでながら甲高い声の男が言った。 おれは肩を落として黙りこんだ。 こんな話は聞いていない。 合言葉を言えば店の奥に案内され、そこでピースを回収して終わりのはずだったのに。 わざわざ遠くまで休日返上で来ているのにひどい扱いだ。 視界が妙に限定されていると思ったら、顔の上半分をなにか固いものが覆っていた。 目の穴が空いているから仮面かなにかだろう。 仮面舞踏会でもやるつもりなのか。 目の前には分厚い赤カーテンが降りていて、ここがどういう場所なのか見当もつかない。 だが声はよく響くし、カーテンの奥から人の気配がするので広い部屋なのかもしれない。 茶色の塗料が塗られた床は固くて冷たい。 あちこち見まわしていると、背後の男がおれのうなじをつかむ手に力をこめて牽制した。 その手つきが気持ち悪くて身をよじってしまう。 「おい、動くなって。じっとしてろ」 「うるせえ、触んな!」 「口ふさぐぞ。そんな警戒しなくても商品に手は出さねえって」 「商品?」 嫌な単語が飛び出した。 一体なんの商品にされるんだ。 もっと聞こうか迷っていると、遠くで機械混じりの女の声がした。 「それではここで、本日飛び入りの品をご紹介します」 背後の男がカーテンの脇に下がる太いひもを引くと、カーテンが左右に別れてつり上げられた。 予想以上に広い部屋だった。 天井は狭いが、没落した貴族の屋敷のように厳かな雰囲気だ。 豪華でどこかさびれている。 壁にずらりと並んだ蝋燭風のライトが鈍く部屋を照らしているが、映画館並みに暗い。 半円状に並べられた椅子にはたくさんの人が座っていた。 おれはスポットライトを当てられて注目され、舞台上の役者の気分を味わった。 しかし、こんな妙ちくりんな観客はどこを探してもいないだろう。 男はスーツで女はフォーマルな服装をしているが、押し並べて仮面をつけて顔を隠している。 時代錯誤もはなはだしい。 「現役高校生の健康な少年です。どこにも痛みはありませんし、これほど若いものは滅多に出回りません。 皆様は貴重な機会に巡り合うことができたのです」 まるで骨董品扱いだ。 連中はおれを商品としてしか見ていないようだから、それも当たり前か。 「何度も言うようですが、これは合意のもと行われています。より良い買い手がつくことが、彼の幸せなのです。 その点を留意された上で、ご検討願います」 女の声がおれの頭の上を過ぎ去っていく。 勝手なことばかり言いやがって。 おれがいくら抗議しようと問題にもならないと言いたいらしい。 どこかにいる女の司会で競りが始まった。 最後まで残った奴におれは引き取られ、人権もなにもない生活を送ることになる。 冗談じゃない。 ◇ *<|># [戻る] |