ブルー・デュール
桜 常 編
15
「一人暮らしの老人の家か……なんだかなあ」
おれは暗い車内で友崇が用意した資料に目を通していた。
おれは今、学校を抜けだして友崇とピースの回収に向かっている。
どんどん過ぎていく街灯の明かりに資料を照らしながら、今夜忍びこむ家の確認をする。
「昔ながらの日本家屋で旧式の鍵しかかけてないから簡単に入れるはずだ。だが老人は眠りが浅い。
慎重に行動しろよ」
煙草をくわえながら友崇が言った。
楽に済みそうだがおれは気が乗らなかった。
「盗みに行くわけじゃねえけどさあ、一応不法侵入なんだよな。これ」
「なんだ今さら。これまで不法侵入じゃないときがあったか? 前回は違うかもしれないけど」
「そうだけど! けどじいさんの家に勝手に上がりこむなんて、なんかすげえ悪いことしてる気分」
「痕跡を残さなければいいんだ。気にするな」
今の台詞を学校中に放送してやりたい。
これがこいつの本当の姿だ。
しかし友崇がいなければ、おれはずっと外の世界を知らずにいた。
友崇が施設からおれを連れだしてくれたから、こうして友達と一緒にスクールライフを送ることができる。
彼が大事な相棒であり恩人であることは確かだ。
おれは物心がついたときから、大人たちに囲まれて監視されながら育てられてきた。
友達もいなかったし自由もなかった。
本来なら幼稚園で泥だらけになって遊んでいた時期を、ずっと室内で過ごしていた。
それがおれの普通だった。
あとで友崇から聞いた話によると、あそこは「フィラピース」という物体を研究している施設だったそうだ。
その謎の物体の解明に必要なのが、おれだった。
常人には見つけることのできないフィラピースを、おれだけが感知できたからだ。
フィラピースはあちこちに散開していて、だいたいどこか静かなところに隠れている。
壊れた時計や使われなくなったおもちゃやトロフィーなど、
あまり人の手に触れないなにかの中に入りこんで息をひそめている。
だがおれにはわかる。
ピースは外に出たがっている。
おれの周りにいた研究員たちは、それを集めようとしていた。
おれはただの駒にすぎず、人間としては見てもらえなかった。
あそこにいては未来はない。
友崇はそんな非人道的な施設に反感を持っていたようで、おれが小学校に上がる年のころ、
隙を見ておれを外に連れ出してくれた。
おれは友崇の家に守られ、名前を変えて、ようやく普通の暮らしができるようになった。
いったん外を知ってしまえば、どれだけあそこが息苦しい場所だったのかわかった。
だがピースの蒐集が目的である奴らが、おれをあきらめるはずがない。
おれはいつ連れ戻されるかとびくびくしながら生活していた。
怖くてひとりではどこにも行けなかった。
友崇が初めておれをピースのあるところに連れて行ったのは、ほんの半年ほど前のことだ。
まだおれは中学を卒業していなかった。
初めてあの声を聞いたときは恐ろしくてたまらなかった。
だがピースを取り出し、透明な球体が光を反射して輝いているのを見ると、恐ろしさはきれいに消えた。
むしろピースに感謝されているようで嬉しく思った。
それからおれはピースを回収するようになり、行動しやすいように友崇の勤務先の桜常高校へ入学した。
なぜあの施設の連中がピースを集めようとしているのかはわからない。
そもそもピースがなんなのか、どうしてあちこちに散らばっているのか、おれだけがその声を聞けるのはなぜなのか、すべて謎だ。
だがそれはピースを集めてみればわかるはずだ。
フィラピースはその名のとおり完全ではない欠片(ピース)だ。
だから元の姿に戻せばすべて解決するはずだ。
おれは何者なのか、自分の手で突きとめるんだ。
「おい、もうすぐ着くぞ」
おれは資料をシートに放り、鼻から首までを覆うスキー用の黒いマスクをつけてパーカーのフードをかぶった。
万が一のときのために変装道具はかかせない。
少し湿気がこもるのが欠点だが。
「それ夜襲するストリートギャングみたいだよな」
「うるさいな。こないだの仮面でもつけていけって言うのかよ」
友崇は車を目的の家から離れた目立たない路地に停めた。
「迷うなよ」
「大丈夫だっ」
おれは車体が揺れるほど勢いよくドアを閉めた。
◇
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