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ブルー・デュール
桜 常 編

101
※暴力表現あり


「うわあっ! あっ、く……!」

 突然悲鳴が聞こえ、開け放たれた扉の向こうから新が倒れこんできた。
 腹を押さえてうずくまっている。
 続いて入ってきたのは怒りに髪を逆立てた所長で、その手には折り畳みナイフが握られていた。
 ナイフの先からは赤い雫が滴っている。

「新!!」

 湊が絶叫した。

 湊はすぐさま新に駆け寄ろうとしたが、所長の後ろから木田川が入ってきたのを見て足を止めた。
 片割れを害されてかなりショックだろうに、激情に任せて突っ走らず冷静になれるとは、たいした精神力だ。

 木田川はおれたちを見て面白そうに口角をあげた。
 この状況で笑っていられる神経が信じられない。

「所長、か?」

 鳴瀬が唸るように言った。
 ナイフを握りしめた所長は、三白眼になり鳴瀬を睨み据えている。

「鳴瀬と倉掛と、本條の息子たちだな。お前たちはどこまで私の邪魔をするんだ?
逃げただけではあきたらず、私のかわいい東まで取り上げるつもりか」
「ふざけんじゃねえよくそが。縛って薬打って監禁すんのがてめえのかわいがりかたかよ。あ?」

 鳴瀬はおれを床に下ろし、ベッドに寄りかからせた。

 倉掛と鳴瀬はおれの前に立ちふさがり、所長と木田川と対峙した。
 湊は新をかき抱き、羽織っていたシャツを脱いで腹に巻きつけ止血している。
 脂汗をかく新の横腹は真っ赤に染まっていた。

「お前、木田川皇明?」

 倉掛は木田川を指差した。

「そうだけど?」
「へえ、学校で見かけたときとは全然違うんだ」
「だからなんだよ」
「うわ、むかつくなーお前。だっせえあの格好のほうがまだ見れる面にしてやりてーな」

 倉掛は楽しそうに言ったが、言葉の節々に侮蔑がこめられている。
 木田川は今にも爆発しそうな固い表情になった。

 所長は瞬きもせずに鳴瀬を睨んでいたが、鳴瀬がなにもしてこないので、いきなりナイフで切りかかった。
 溜めも前振りもなかったが、鳴瀬はいとも簡単にかわして背後を取り、長い足で所長の腰を蹴った。
 所長はつんのめってベッドフレームに頭から突っこんだ。
 ベッドが揺れたので、おれは床に倒れこみそうになったが、なんとか腕を突っ張って体勢を維持した。

 所長はすぐ隣にいるおれに目をつけたが、鳴瀬に素早く見咎められ、襟首をつかまれ床に引き倒された。

 木田川は面倒くさそうに所長に歩み寄ろうとしたが、倉掛が腕を伸ばして牽制した。

「俺は無視かよ?」
「どけよ」

 木田川は不意をついて倉掛に殴りかかったが、倉掛は首をのけぞらせて避け、逆に殴りかかった。
 木田川も喧嘩慣れしているようであっさりかわし、ふたりは睨みあいになった。

「ごほっ、がはっ」

 所長は鳩尾に蹴りを入れられ、芋虫のように丸まって苦しそうに息を詰まらせた。
 それでも鳴瀬は止まらず、執拗に腹を蹴り飛ばした。
 とどめに顎を蹴って平衡感覚を失わせると、白衣の襟をつかんで持ち上げた。

「痛いか? 辛いかよ? 少しはてめえも苦しめこのイカレ野郎」

 鳴瀬は所長と鼻がくっつきそうなほど近くで、どすを利かせて言った。
 所長がなにか言おうと口を開いたとき、鳴瀬は容赦なく右ストレートを入れた。
 横ざまに吹っ飛んだ所長の口から、血と一緒に歯の欠片が転がり出てきた。

 鳴瀬は汚いものでも見るような目で所長を見下ろし、肩を蹴って仰向けにさせると顔面を靴底で踏んだ。
 鼻の骨が折れる音がして、所長は喉の奥でか細い悲鳴をあげた。
 所長は鼻からも口からも血を流していて、かなり痛々しかった。
 そろそろどちらが悪者かわからなくなってきた。

「凌士、その辺で。それ以上やると死ぬよ。死人が出たら僕たちでも隠しきれない」

 湊が新を抱きながら言った。

 倉掛は目を眇めて鳴瀬と所長を見やり、木田川に言った。

「見ただろ? 恨みって怖いよ。次はあんたの番だ」

 木田川は鳴瀬の容赦のない一方的な暴力を目の当たりにし、恐れ入ったようだった。
 十人が今の光景を見たら、十人とも一目散に逃げていくだろう。

 木田川も例にもれず、踵を返して逃げていった。

 鳴瀬はひいひい呻く所長を見下ろし、まだまだ足りないという顔をしていた。
 こんな非情な鬼みたいな鳴瀬は初めて見る。
 おれがこんな目に遭ったから、これほどまで怒っているのだろうか。


   ◇



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