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ブルー・デュール
桜 常 編

100

 階下がうるさい。
 ばたばたとせわしない足音がひっきりなしにしている。
 なにかあったのだろうか。

 不意に部屋の扉が開けられた。
 唯一動く頭を動かして扉を見る。
 また注射の時間か。

「……戸上!」

 あれ、鳴瀬がいるよ。
 なんでだろう。
 そんなに顔をひきつらせて、いつもの鳴瀬らしくもない。

「見つけた!」

 鳴瀬はどこかに向かって叫び、大股におれに近づいてきた。

「戸上、大丈夫か? ……っなんだこれは!」

 鳴瀬はおれの手首とベッドフレームを繋ぐ錠をつかみ、憤怒の表情になった。
 かと思えば今にも泣きだしそうな顔になり、おれの頬を指の腹でなでた。

「心配するな。すぐ出してやるから。一緒に帰ろう」

 おれはなにか言おうとしたが言葉にならず、ゆっくり頷いてみせた。

「戸上? おい、なにか言えよ。俺がわかるだろ? なあ、戸上」

 鳴瀬はおれの頬を両手で包み、瞳を揺らして何度もおれの名を呼んだ。

「湊! こいつなんか変だ! 様子がおかしい!」

 鳴瀬が叫ぶと、湊が息せき切って現れた。
 続いて倉掛もやってきた。

「りゅう君! あっ、なんだよこれ、ひどい……」
「ちっ、あいつら好き勝手しやがって」

 倉掛は舌打ちしておれの足元にまわり、両足についた錠を外し始めた。

「湊、こいつ呼んでも返事しねえ! ぼーっとしてて……」
「落ち着けよ。りゅう君? 僕がわかる?」

 湊は動揺しっぱなしの鳴瀬の肩を叩き、おれの真上に顔を突きだした。
 おれはゆっくり頷いた。

「そう、よかった。たぶん鎮静剤を打たれてるんだよ。見ろよこの手首。暴れた跡がある」

 湊はおれの点滴していないほうの腕を持ち上げた。

「りゅう君のことだ。きっと反抗して暴れて、手に負えなくなったから薬で無理やり大人しくさせてるんだよ。
この点滴は栄養剤だ。食事を拒否したんじゃないかな」

 どんぴしゃりだ。
 さすがは高校生ハッカー、頭が切れる。

「くそっ。あいつら、殺してやる」

 鳴瀬はおれから目を離さないまま、眉をつり上げて歯を食いしばった。

「おい青波、早くしろ」
「急かすなよ」

 倉掛は初めて見る真面目そのものの表情で、おれを縛りつけていた錠を四つとも外した。
 湊はおれの腕から丁寧に注射針を抜き、鳴瀬はおれを抱きかかえた。

「さあ、帰るぞ。戸上」

 またこめかみを熱いものが流れていったが、今度はすぐに吸い取られた。


   ◇



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