サビイロ契約
50
翌日、配給日だったので出かけねばならず、珂月は重い腰を上げた。
昨日に比べれば、体の調子は格段によくなっている。
珂月はベッドの上で両腕を上げて伸びをし、体の凝りをほぐした。
ルザはすでに起きていて、ペットボトルの水をらっぱ飲みしていた。
珂月が出かけようとすると、ルザは今日も休みだろと言って止めたが、珂月は配給で行かなければならないと説明した。
「いちいち出向かなきゃなんねえのかよ。めんどくせえ」
「でも行かないと食料とか生活用品もらえないからさ。すぐ戻ってこれるし」
「あー……しょうがねえな。じゃあとっとと行くぞ」
ジャケットを拾い上げたルザに、珂月はきょとんとした。
「え? ルザも来るの?」
「ああ。ほら、お前も早く支度しろよ」
「え、あ……」
珂月は言われるがまま、灰色のパーカーに袖を通して準備をした。
少し寝ぐせのついた髪は濡らして押さえつけた。
ルザは珂月のボディバッグを持ち、玄関の脇の壁に寄りかかって珂月を待っていた。
「行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
珂月はマルチラックに置かれた黒い籠をごそごそかき回し、サングラスを取り出した。
埃をかぶっていたのでパーカーの袖で拭いて綺麗にし、ルザに手渡した。
「はいこれ。つけて」
「サングラス? なんで」
「だってルザの顔、無駄に美形で目立つからさ。それで隠して」
ルザは黒髪なので、鋭い目さえ隠しておけば、なんとか「知り合いのお兄さん」でごまかせるだろう。
ルザは反論せずサングラスをかけた。
背が高くスタイルがいい上、整った顔立ちが全て隠されたわけではないので、お忍びの芸能人という風体になった。
これで、黙っていればダラザレオスには見えないだろう。
二人はつれだってアパートを出た。
今にも泣き出しそうな、どんよりとした曇り空だった。
珂月は早足で区役所支部に向かった。
区役所支部の建物は混雑していた。
入り口前の駐車場にたくさんの住人が詰めかけていて、地面に座ったり壁に寄りかかったりして退屈そうにしている。
どうやら物資がまだ届いていないようだ。
外で配給品を待っている人々の半数はくたびれた普段着姿で、しきりに辺りを見回していて落ち着かない。
外に出ることを嫌う普通の職業の者たちだ。
残りの半数はハンターで、警戒心もあらわに周囲に目を走らせている。
珂月は背中にじっとりとした汗をかいた。
「まだ配給品が届いてないみたい。ちょっと待ってよう」
珂月が言った。
ルザはジャケットのポケットに手を突っこんだまま、少し顎を上げた。
「いつ到着するんだよ」
「いつもならもう来てるはずなんだけど……まあ、もうすぐ来ると思うよ」
珂月がなにも植わっていない花壇の端に腰かけると、ルザも隣に来て座った。
ハンターもそうでない者も、ルザをちらちらと見ている。
珂月は気づいているのかとびくびくしていたが、ルザがダラザレオスだと疑われているわけではない。
見慣れない美青年がいるので、興味を持たれているだけだ。
しかし、ルザはけだるげにしているがそれでも威圧感がかなりあるので、誰も話しかけようとはしなかった。
珂月はぼんやりと住人を観察していた。
一人の壮年の男は駐車場の真ん中に堂々と腰を下ろし、でかい態度で煙草をふかしている。
男の脇には刃渡り三十センチはありそうなナイフが置かれていた。
場馴れしたハンターだとすぐにわかった。
男は短くなった煙草をアスファルトにこすりつけて消し、首を大きく回して凝りをほぐしている。
首を回して上を向くと、そのままぴくりとも動かなくなった。
なんだろうと珂月がいぶかしんでいると、男はナイフを握って立ち上がり、空を指差した。
「おい! あれ!」
男の大声につられ、珂月や住人たちは空を仰いだ。
太陽の光を遮断する分厚い雲に、黒い斑点がいくつも浮かんでいる。
斑点は徐々に大きくなっていく。
「バイラだ!」
誰かが叫ぶやいなや、駐車場はパニックになった。
住人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ハンターたちはおのおの武器を取り出し、臨戦態勢に入る。
「おい待て! 一人になったら狙われるぞ!」
煙草を吸っていた壮年のハンターが怒鳴った。
集団から離れて逃げようとする人々は、その言葉にいったん足を止めた。
大多数はハンターのそばのほうが安全だと悟って戻ってきたが、何人かはそのまま逃げていった。
「おーい、戻ってこい! ……ちっ、馬鹿な奴ら。ここにいれば守ってやれんのによ」
曇り空に広がる染みは、すでに体の形状がわかるほどまで近づいてきていた。
かなりの数だ。
配給に集まった人々を狙ってやってきたのだろう。
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