[携帯モード] [URL送信]

サビイロ契約

33

 戦争が終わって戻ったとき、東京は一変していた。
 住宅街は焼けて黒こげになり、敵味方双方の死体があちこちに転がっていた。
 電柱は倒れ、ビルはがれきと化し、煤と灰と血の匂いが充満していた。

 東京を廃墟にしたのはルザなのだ。
 ルザの言葉一つで、たくさんの命が失われた。
 その中には、休日に遊びにやってきては珂月の頭をなでてくれた、隆也の同僚もいただろう。

 隆也は最後まで自分の意志を貫いた。
 珂月を守ろうとする一心で戦った。

 だが珂月は、隆也が命を賭して立ち向かったダラザレオスに命を握られ、いいようにされている。

「んっ……あ、あっ、ふ……」

 ルザは珂月に覆いかぶさり、緩やかに腰を揺らした。
 珂月はルザの肩をつかんで喘いだ。

「あうっ、んっんっ……あっ」

 繋がった部分が卑猥な水音を立てる。
 珂月は息を吐くごとに声を上げた。

 珂月は、敵であるはずのルザにすがり、抵抗するどころか快楽に負けて悦んでいる自分を恥じた。
 ルザに好きなようにされるのが、日常になりつつある。
 珂月は隆也のことを思うと、苦しくてたまらなくなった。

「珂月……」

 ルザは珂月の耳元で囁いた。
 低い声を注ぎこまれた鼓膜が甘く震える。

「珂月……」

 ルザは何度も珂月の名を呼んだ。
 そのあいだも律動は止まらない。
 珂月は耐えられなくなり目を閉じた。
 目の端に溜まっていた涙が一筋、目尻から溢れてこめかみに流れた。

 名を呼ぶな。

 珂月は心の中で叫んだ。

 そんな声で名を呼ぶな。


 どうせエサとしか見ていないくせに。



   ◆


 珂月が目を覚ましたとき、日はすっかり昇りきっていた。
 カーテンは半分開けられていて、温かい太陽の光が差しこみ、空中を舞う埃がきらきらと光っている。
 すぐ近くで雀たちの鳴く声がした。

 散らかった部屋にルザの姿はない。
 珂月は一人、布団をかけてベッドに横たわっていた。

 珂月は部屋着をきちんと着ていた。
 ルザが着せてくれたのだろう。

 しかし、ルザはいない。
 後始末をすれば、ルザはいつもさっさと帰ってしまう。

 珂月は上半身を起こしてぼんやり部屋を眺めた。
 壊れたテレビに雑多なものが置かれた銀のマルチラック。
 輪染みのできた白いローテーブルに散乱した服やタオル。
 レトルト食品の空きトレー。

 家に独りぼっちで置いていかれた子供の気分になり、珂月は体の内側が寒くなった。
 あれだけ珂月を求めるくせに、ルザは去るときはあっけない。
 珂月はなにかルザの痕跡が残っていないかと、きょろきょろ周囲を見渡した。
 しかしなにもなかった。

 しばらくぼうっとしていた珂月は、ベッドから起き上がると顔を洗い、軽く髪の毛を整えて服を着替えた。
 ベルトにサバイバルナイフの鞘を差し、ボディバッグを手に取った。

 なぜだか一人でこの部屋にいることが耐えられなかった。
 なにかに押しつぶされそうで、体が重くて辛かった。
 一人でいることには慣れたはずなのに、誰かの温もりが欲しくてたまらない。

 真っ先に思いついたのが、浩誠のところだった。

 珂月は部屋を飛び出して浩誠のアパートへ走った。
 太陽は高く上っている。
 かなり長いあいだ眠っていたらしい。
 風一つない、温かく静かな昼下がりだった。





←*#→

5/8ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!