32 珂月は白い喉をのけぞらせ、三度目の絶頂を迎えた。 量の減った白濁を流し、珂月は力を失って横ざまに倒れこみそうになった。 ルザは珂月を支えてもう一度胸に寄りかからせ、バイブを抜いてスイッチを切った。 ようやく快楽から解放され、珂月は荒い息をはいた。 ルザは汗ばんだ首筋にキスして、珂月を丁寧にベッドに寝かせた。 胸の飾りは濃いピンクに染まり、下半身は珂月の出したもので濡れて光っている。 「めちゃくちゃやらしーなお前」 ルザの口が弧を描いた。 珂月は頭の上で揺れるネックレスをぼんやり目で追った。 「まだ寝るなよ。休むのは俺のを咥えてからな」 ルザがズボンの前をくつろげようとすると、珂月はルザのタンクトップをつかんだ。 「なんでルザは脱がないの……」 「え?」 「いつもおればっかり……あんたも脱げよ」 ルザは目をしばたたかせた。 そんなことを言われるとは思ってもみなかったという顔だ。 珂月の目が据わっているので、ルザは言うとおりにすることにした。 「わかったよ。脱げばいいんだな」 ルザは着ていた黒のタンクトップを脱ぎすてた。 あらわになった上半身は固くひきしまっていて、筋肉のラインが綺麗に浮き出ている。 珂月はルザの腹部に走る大きな傷を見つけて釘づけになった。 「それ……」 へその上から脇にかけて、ひきつれた皮膚がまっすぐ横に伸びている。 かなり大きな切り傷だ。 恐らく内臓まで傷つけ、かなりの重症を負わせたのだろう。 ダラザレオスは人間をはるかに凌駕する身体能力を持っている。 二年前から、世界中でもっとも力を持った存在だ。 そのダラザレオスにこれほどの傷を負わせることは容易ではない。 「この傷……」 珂月はためらいがちにルザの腹に手を伸ばした。 触れた肌はわずかにほてっていた。 生きている証拠だ。 「どうしたのこれ」 ルザがなにも言わないので、珂月はそっとたずねた。 ルザは珂月にまたがったまま、自分の腹を見下ろして自嘲気味に笑った。 「これは人間につけられたものだ」 珂月は目を丸くした。 ルザは話は終わりだとばかりに珂月の体を愛撫しだしたが、珂月は傷を気にしすぎてなにも反応しない。 ルザは珂月が傷から目を離さないので、しぶしぶ話しだした。 「……二年前にな。俺は部下連れてこの世界に来た。俺の担当はここだった」 過密都市である東京は、ダラザレオスにとって格好のえさ場だった。 「お前もここに住んでたんならよく知ってんだろ。俺たちは人間どもが戦うすべをなくすまで戦った。これからこの世界に来やすいようにな。 人間は個々の力は弱いくせにやたらいろんな道具発明するもんだから、思ったよりかなりてこずったよ。 数もいるし。まあこっちもバイラの数なら負けねえから、勝つことが前提だったけどな」 ルザは珂月の頬を手の甲でなでながら言った。 「人間の反撃がだいぶ弱くなってきたら、退却する潮時だった。全滅するまでやってたらこっちが困るからな。 で、主戦力があらかた片付いたところで、俺は部下たちに攻撃をやめて撤退するよう命令した。 そうしたら、攻撃がやんだ隙に一人の人間が俺のところまでやってきたんだ。俺が命令を下す役だって見抜いたんだろうな。 やっと帰れると思って俺も油断していた。その隙にやられた」 珂月は喉が詰まってなにも言えなくなった。 ルザの声が遠くから聞こえる。 東京の戦闘でダラザレオスに傷を負わせた人間は一人しかいない。 ダラザレオスの司令官に重傷を負わせ撤退させたとして、英雄とまで言われた人物だ。 「頃合いだったからそのまま引き揚げたけど、人間にしてやられたから撤退したって思われてたらかなり癪だな。 それからしばらく寝こんだし、まったく腹の立つ奴だぜ」 それは間違いなく藤里隆也のことだ。 隆也は一人息子の珂月を守るため戦い、ダラザレオスの司令官――ルザに傷を負わせた。 「まさか、俺が人間に傷つけられるなんてな。笑えるだろ?」 珂月は横を向いた。 ルザの目を見ることができなかった。 隆也の死に際の弱弱しい姿を、珂月は今でも夢に見る。 隆也は身も世もなく泣き叫び、仲間の名を呼び、彼らの死を嘆いていた。 雄々しかったかつての父親の姿はそこにはなかった。 珂月は隆也をそこまで追い詰めたダラザレオスを憎み、恐れた。 世界狩りの際、珂月は浩誠とともに都心を離れていた。 浩誠は震える珂月を強く抱きしめ、バイラに見つからないよう息をひそめていた。 ←*|#→ [戻る] |