28 「あなたは我々と共に来るべきです。おわかりいただけますね?」 笠木は再度、珂月に手を差し伸べた。 珂月は肩を縮めて、怯えた小動物のようにその手を見下ろした。 「お父君のためにも」 笠木は間をおいてからそう言った。 殺し文句のつもりだったのだろう。 だが珂月は下唇を噛みしめ、泣きだしそうな顔になって一歩下がった。 「ごめんなさい。おれ、今のままでいいです!」 珂月は言うが早いか、全速力でアパートの階段を駆け上がり、部屋の鍵を開けて入るとすぐにドアを閉めた。 肩を上下させて息を整え、長々と息をはいた。 父親を褒められることは純粋に嬉しい。 しかし、その息子だからと期待されることは、珂月にとって苦痛でしかなかった。 珂月は優秀なハンターではない。 笠木は藤里隆也の息子という肩書きに目をつけたのだろう。 英雄の息子が属しているとなれば、シンク・ベルの名に箔がつく。 珂月は父子家庭に育った。 隆也はぶっきらぼうで細かいことには無頓着だったが、珂月をかわいがってくれた。 珂月には母親も兄弟もいなかったが、近所に頼れる兄貴分の浩誠がいたので、さみしい思いをしたことはなかった。 警察官だった隆也は正義感の塊のような人間だった。 曲がったことが大嫌いな一本気な性格で、浩誠もその影響を色濃く受けている。 浩誠は有言実行な隆也を尊敬していて、隆也がすることはなんでも真似た。 ダラザレオス襲来の折、隆也が戦いに参加したのは当然の流れだった。 珂月を守るため、隆也はずたぼろになってもバイラに立ち向かった。 隆也が死ねば珂月は一人ぼっちになってしまうので、隆也は死なない覚悟を決めていた。 それは死ぬよりも辛い選択だった。 隆也はときには仲間を見捨てた。 自分が生き残るためだ。 それを非難され、一時は戦闘に加わらせてもらえないときもあった。 だが戦況が悪くなるにつれ、そんなこともいっていられなくなり、隆也は混沌のような戦いに再び身を投じた。 隆也の強い意志は彼を生きながらえさせた。 隆也は倒しても倒しても湧いてくるバイラの波を抜け、一帯のダラザレオスの指揮をしていた司令官に切りかかった。 殺すまではいかなかったが深手を負わせ、結果として東京からバイラの群れを退散させた。 不名誉のレッテルは撤回され、隆也は一躍英雄となった。 だが隆也は最後の最後で仲間をかばい、怪我を負ってしまった。 医療設備が破壊されてしまっていたのでろくな治療を受けられず、隆也は世界狩りが終わると共に床に伏した。 隆也の死に水を取ったのは珂月と浩誠だった。 隆也は最期には意識も混濁し、死んだ仲間の幻を見て泣き叫んでいた。 すまないすまない息子が大事だったんだすまないと、涙ながらに謝っていた。 浩誠は隆也の手を握り、安心してください、珂月は俺が守ります、と固く約束した。 珂月は、隆也になにもしてやれなかったことを悔いた。 自分のために奔走させ、辛い思いをさせ、結果として死なせてしまった。 珂月はドアにもたれて座りこみ、目を閉じた。 珂月は隆也とは違う。 強い意志も肉体も持っていない。 隆也に匹敵する力を持っていると勝手に思われるのは嫌だった。 珂月は考えるのをやめようと必死になった。 いくらあがこうと、どうにもならないこともある。 諦めて受け入れ、前に進むしかないのだ。 → X ←*| [戻る] |