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サビイロ契約

26

「そういうわけで、初めてシンク・ベルの実力を見せてもらったわけなのだ」

 飛鶴は浩誠の部屋に帰るやいなや、新宿で見てきたことを待機していたメンバーに語って聞かせた。
 シンク・ベルの名は知っていても、実際に属している人間を見る機会は少ないので、皆興味津々に聞いている。
 そうなると飛鶴も得意になって、身振り手振りを交えて誇張しながらどんどん喋った。

「こう、斧のひと振りでトカゲの尻尾……じゃなかった、首を切断したんだよ。その前に死んでたのに、容赦ないっつーかさあ」
「シンク・ベルは三人一組なのか?」
「ああ。なかなか手際よかったぜ。まー俺に言わせれば、本社が近いのに来た人数が少なかったけどね」

 飛鶴はローテーブルに腰かけ、ぴんぴん跳ねた茶髪を指で弄びながら言った。

「そんで珂月が助けた露天商はどうなったんだ? なんか礼してくれたか?」
「いや」珂月が言った。「なけなしの商品大事そうに抱えてたから、くれるって言われたけど断ったよ」
「へー、偉いなお前。俺なら遠慮せずもらうけどな」

 そう言ったメンバーに、ほかのメンバーたちがここぞと文句を言い始めた。

「お前ずうずうしすぎんだよー」
「そうだよ。こないだもお前、一人でリーダーの作ったフライドポテト全部食っちまったじゃねえか」
「だってうまかったし。今の世の中消極的になってちゃ生き残れないぜ」
「あーあ、こんな奴ばっかりだから治安が悪くなってくんだよ。珂月みたいなのがいると救われるよなあ」
「はは」

 頭をなでられた珂月は愛想笑いを返した。

 浩誠は窓際のテーブルでナイフを研いでいたが、珂月と視線がかち合うとナイフを置いて立ち上がり、飛鶴たちに気づかれないよう手招きした。
 珂月は話に花を咲かせているメンバーの輪をそっと抜け出し、キッチンに入った浩誠に続いた。

「なに?」

 浩誠は流しの縁に手をつき、なにやら考えこんでいるようだった。
 その背中が哀愁を帯びて見えて、珂月は浩誠の肩に手を置いた。

「珂月」

 浩誠はさっと振り向いた。

「お前、もっと自分を大事にしろよ。その……お前は、バイラに傷つけられることはないんだろうが、百パーセントじゃないんだろ?」
「まあ……情況証拠に基づく推測でしかないけど、でも大丈夫だよ。現にどんなバイラもおれを殺そうとしないから」

 浩誠は自分のチームのメンバーを安心させるために、いつも笑顔を絶やさない。
 内心では不安が渦巻いていても、笑うことで気分が改善され、物事がうまくいくことを知っている。
 浩誠が笑っているところは安らぎの空間だった。

 しかし、今、浩誠は辛そうに顔を歪めている。
 それだけで、珂月は自分がとてつもなく悪いことをしているような気にさせられた。

「珂月……俺にできることはないのか? お前を助けるためならなんでもしてやる。隆也さんと約束したんだ」

 珂月は胸がちくりと痛んだ。
 皆を気遣ってばかりの浩誠を心配させていることが心苦しい反面、これほど己の身を案じてくれる存在がいることを実感できて、嬉しくも思う。
 生死の狭間に放りこまれた今だからこそ、浩誠のありがたみが深く骨に沁みた。

「ありがとう、浩兄。浩兄がそう言ってくれるだけで、おれは救われるよ」

 珂月は浩誠を見上げ、本心からそう言った。

「ルザからは逃げられないよ。でも、浩兄はなにかしようとしなくていいよ。浩兄こそ殺されちゃうからね」

 珂月のせいで浩誠を失うわけにはいかない。
 浩誠は珂月にとってかけがえのない人物だが、珂月だけのものではない。
 浩誠はドッグズ・ノーズにとって必要不可欠な存在だ。
 彼を必要とする者は、珂月のほかにもたくさんいる。

「珂月……」

 浩誠は珂月を強く抱きしめた。
 小柄な珂月は浩誠の胸にすっぽりと収まった。
 浩誠は珂月の柔らかい黒髪に頬を寄せ、きっぱりと言った。

「絶対に死なせないから」

 珂月はなにも返せなかった。
 息が苦しいのは、浩誠の胸に圧しつけられているせいかはたまた浩誠の言葉のせいなのか、わからなかった。


   ◆


 それからというもの、浩誠は珂月に対してどんどん過保護になっていった。
 珂月を一人で出歩かせることすら嫌がり、家まで見送るようになった。
 夜間の外出を禁じ、日が暮れてから珂月が帰ろうとすると無理やり泊めさせた。
 状況を知らないほかのメンバーたちは、さすがにこれには辟易していた。

「もういいって、おれ一人で大丈夫だから。もう十八なんだし」

 ここまででいいと言っても頑固に家までついてくる浩誠に、珂月は呆れて言った。

「第一なにに心配して見送りしてんだよ。園生たちもルザにびびってなにもしてこなくなったし、安全この上ないっつの」
「俺は散歩したいだけだよ。そのついでだ」

 浩誠はそう言ってさらりとかわした。
 なにを言っても聞き入れてもらえそうにないので、珂月はしぶしぶ隣を歩いた。



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