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サビイロ契約

18

「珂月ちゃーん!」

 聞きなれた声がして、珂月は凍りついた。

 三叉路の向こうから、園生の一味がやってきた。
 ポケットに手を突っこんだりのけぞったりしながら、鉄パイプを手ににやにやしている。
 ルザとアスタルトは不審そうに園生たちを見つめている。
 珂月の頭の中で誰かが警鐘をこれでもかと鳴らした。

「ル、ルザ、先帰っててくれないか」
「はあ? なんで」
「おれもすぐ行くから、頼むよっ」

 珂月はなんとかこの場から二人を離れさせようとしたが、その前に園生たちに囲まれてしまった。
 園生は珂月の背の高い連れをちらりと見たが、すぐ珂月に視線を戻した。

「よお。珍しいなあ、夜遊びか?」
「いや、別にそういうわけじゃ……もう帰るし」
「帰んのー? 今からバー行くから、お前もつき合えよ。俺がいりゃあお前だって入れてもらえるぜ?」
「遠慮しとく。おれ酒苦手だから。君たちだけで行ってきなよ」

 珂月はなるべく波風立てないように断ったつもりだった。
 しかし、園生は珂月が思い通りにならないことが気に食わないようだ。
 どんなに丁寧に言われても、断られることが矜持をさいなむらしい。

「つき合いわりいとそのうち本当に追い出されるぜ? たまにはつき合えっての」
「ほら、行こうぜ」

 一人の少年が珂月の腕を引いた。
 振りほどこうとした珂月の顔に、赤い飛沫が飛んだ。

 ルザが目にもとまらぬ早さで、珂月を引っぱった少年の腕に鋭いナイフを突き立てたのだ。
 銀色の細いバタフライナイフは少年の腕を貫通し、飛び出た刃先から血が流れて地面に血だまりを作っていく。

「触るな」

 ルザは冷たく言い放った。
 顔色一つ変えずに行われたその早技に、園生の顔から血の気が引いていく。
 刺された少年は腕から生えた銀の凶器を見つめ、ショックで声も出ない。

「うっ、うわああっ!」

 園生は真っ青になって叫び、それが皮切りとなって少年たちは散り散りに走り去った。
 ルザは手に飛んだ返り血を舐め、侮蔑をこめて鼻を鳴らした。

「あーあ。持ってっちゃった」

 アスタルトはナイフを刺したまま逃げてしまった少年を、むすっとしながら見送った。

「ルザ、なんで人のナイフ使うのさ。あれジャーマンで手に入れたお気に入りなのに」
「あんな連中に触りたくねえ。ナイフならまた手に入れればいいだろ」
「相変わらず潔癖だね。まあいいけど。まだあるし」

 アスタルトはレインコートの胸元をつかんで合わせを開いた。
 コートの裏地には、何本もの銀のバタフライナイフが細いベルトで留められていた。

「よく集めたな」
「これ切れ味いいんだよ。初めて見る? その割に使いこなしてたね」
「ちょっと見ればわかんだろ」
「いやー、片手で開くと怪我することもあるから、注意してよ」

 二人は喋りながら歩きだしたが、珂月がついてこないので、アスタルトが振り返って声をかけた。

「どうしたの? 行こうよ」

 珂月はぎこちなく頷き、半歩ほど下がって着いていった。

 これがダラザレオスの普通の感覚なのだ。
 人間の少年一人どうなろうと、眉一つ動かさない。
 気に食わなければいくらでも傷つけるし、腹が減れば食い殺す。
 それで彼らの良心が痛むことはない。

 珂月がこうして五体満足で生きているのは、奇跡に近い。
 単なるルザの気まぐれでしかないのだ。



 家に着いても、アスタルトに帰る様子はなかった。

「おい、外見たら帰るっつったろ」
「だってなにも見られなかったじゃないか。バー行きたかったなー」

 アスタルトは珂月のベッドに横になり、頭の後ろで腕を組んで退屈そうに片足を上げた。
 このままではルザが爆発しかねないと思った珂月は、シンク下の棚を開けた。
 狭い収納庫にはごみ袋や布巾と一緒にいくつかの酒瓶が保管してある。
 珂月はもったいなくて栓を開けていなかった赤ワインを取り出し、清水の舞台から飛び降りるような顔をしてアスタルトに差し出した。

「なにこれ?」
「高級アイスワインだ! これを土産にしろよ。これならいいだろ」

 このワインは世界狩りが始まる前、珂月がたまたま地域の福引きで当てた景品で、なにかのためにと大事に取っておいたものだ。
 まさかダラザレオスにくれてやることになるとは、珂月も予想だにしていなかった。

「へえ……すっごい甘い香りがする。いいの?」
「うん」

 アスタルトはワインを受け取り、柔らかくほほ笑んだ。

「ありがとう。珂月って優しいね」
「別に……」

 だからさっさと帰れ、とは言えなかった。
 ついでにルザも連れて帰ってくれると嬉しいのだが。



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あきゅろす。
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