19 「僕だけもらうんじゃ忍びないなあ。珂月、一緒に飲もうよ。ね」 「は?」 珂月は目をしばたたかせた。 「なんでそうなるわけ。持って帰れよ」 「いいじゃないか、一緒に飲んだほうがおいしいよ」 「いや、おれ、酒はちょっと……」 助けを求めてルザを見ると、一人がけクッションに背を預けたルザはいやらしく口端をつり上げた。 「珂月、グラス。三つな」 「ええっ!」 なぜかルザまで飲む気満々になっている。 なにか企んでいるようで気になったが、顎でしゃくって早くしろとせっつかれ、珂月はしぶしぶ水切りかごからグラスを三つ取り出してローテーブルに置いた。 アスタルトは手慣れた様子で栓を抜いた。 「うーん、いいワインだね。舌がとろけそう」 グラスをかたむけながら、アスタルトが満足そうに言った。 「甘い」 ルザはあまり好まなかったようだ。 一口飲んだだけでやめてしまった。 珂月は自分のグラスをじっと見下ろすばかりで、口をつけようとしない。 隣に座っているルザが不思議そうに声をかけた。 「飲まねえの? お前のだぜこれ」 「い、いや……」 珂月は酒に弱い。 チューハイひと缶で酔えるお手軽さだ。 ドッグズ・ノーズの宴会で酔っぱらう分には浩誠が介抱してくれるので問題ないが、ここで無防備に酔っぱらいたくはない。 「おれはよしとくよ」 「なんでだよ。お前甘いの好きだろ。酒っぽくねえから平気だって」 なぜか上機嫌のルザは執拗にワインを勧めてくる。 珂月はもうどうにでもなれと、ぐいっとワインを喉に流しこんだ。 その辺のぶどうジュースよりよほど甘くて濃厚で、つい笑顔がこぼれた。 「うわ、ほんとに甘い! 赤ワイン嫌いだったのにこれおいしい!」 「お前のなんだから、遠慮すんなよ」 ルザは空になった珂月のグラスに瓶の中身をたっぷり注いでやった。 珂月はにっこり笑って礼を言った。 珂月は甘い液体を舌の上で転がしながら、テーブルを挟んだ正面で上品にワインを飲むアスタルトを見つめた。 金髪の麗しい吸血鬼が赤ワインをたしなむ様は、とても絵になる。 たとえ背景に壊れたテレビがあろうとも。 珂月にとろんとした目で見つめられたアスタルトは、妖艶な笑みを浮かべた。 「なーに、そんなに見つめちゃって」 「いや別に、似合うなあと思って」 「ふふ、そうかな」 「うん」 ふと珂月はルザのグラスがまったく減っていないのを見つけた。 「ルザ。なんで飲まないの。おれの酒が飲めないのか」 「は? いや……これ甘すぎるし、俺には合わねえ」 「甘いからおいしいんだろ! ほらのーめのーめ」 珂月はルザのグラスをつかんで口元に押しつけた。 「おれと競争だぞ! 負けたら脱ぐんだからな! はいかんぱーい」 すでに珂月はドッグズ・ノーズのテンションだった。 珂月は無理やり持たせたルザのグラスと自分のグラスをかちりと合わせ、一気にあおった。 ルザはほんの少し口をつけたが、やはり飲まなかった。 空のグラスをテーブルに勢いよく置いた珂月は、下唇を舐めてルザをねめつけた。 「遅い! さあ、いさぎよく脱いでもらおうか!」 きょとんとするルザと、ルザのタンクトップに手をかけた珂月を見て、アスタルトは耐えきれずに笑いだした。 「あっはっは! いい光景だねえー、珂月に脱がせてもらうなんて最高じゃない」 「ちっ、俺の想像と違う。なんだこの酔っぱらいはめんどくせえ」 「ええー、これも積極的でかわいいじゃない」 ルザは脱がせようとする珂月の手首をつかんだ。 「なんだよう、脱ぐって言っただろ!」 「言ってねえよ。脱ぎたいならお前が脱げ。見ててやるから」 珂月は言うことを聞かないルザにむくれてしまった。 「なんだよ……せっかく大事にしてたワインあげたのに……なんで飲んでくんないの……」 「こんな甘いもの酒じゃねえよ」 「アイスワインはちょっと特殊だからねえ」 アスタルトがのんびりと言った。 「葡萄を凍らせて、何倍にも濃縮された果汁から作るんだ。濃縮されてる分、普通のワインよりずっと甘い。とっても貴重なんだよー」 「なんでそんなこと知ってんだよ」 「僕ドイツ好きでよく行くから、ワインにも詳しくなっちゃって」 「あっそ」 ルザは放浪癖のある友人に呆れて肩を落とした。 ←*|#→ [戻る] |