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歪みのリボーン
騎士の不満


幻騎士は白蘭たちの乗る後部座席車のドアを開けて直ぐ漂って来た、自分たちにしか感じ取れない甘い匂いに少し困った顔をした。


「白蘭様…
食べましたね」

「ついね〜☆」

車から出て来た白蘭は、顔を真っ青にして気を失っている正一を横抱きにしてヘラッと笑った。

幻騎士は白蘭のことを尊敬しているし、自分にとって一番の主だと思っているが…

今回のことは溜め息を我慢出来ない。

人間を買うなどと、しかもこんな凡庸で花の無い男の人間。

白蘭ならば、もっと美しい美女だって、同族であろうと手に入るだろうに…

わざわざこんな子供に金を出すのが幻騎士には理解出来なかった。

そんな幻騎士は放置して車を降りた白蘭は、屋敷の使用人たちに出迎えられ、正一を抱えたまま我が家に入った。


「おかえりなさいませ白蘭様」

色素が黒く、仮面を付けた全く同じ姿の女性たちが一斉に頭を下げる。

「たっだいま〜チェル〜」

チェルとは通称チェルベッロ。

白蘭のお屋敷で働くメイドたちの名前だ。

白蘭の腕の中にいる人物を見て、一人チェルが進み出た。

「入江様の部屋の用意が出来ております。
そちらに運びますか?」

「……う〜ん、そうだね。
そうしようか、案内して」

「かしこまりました」

白蘭は自分でも全部の部屋を回ったことの無い広い屋敷を、チェルの案内で歩いて行った。

普段余りそちらから話し掛けては来ないチェルが、少し微笑んで白蘭に話し掛けて来た。

「楽しそうですね」

「え?うん。
楽しいよ。
きっとこれからもっと楽しくなる」

白蘭はニッコリと笑う。

白蘭は吸血鬼の中でも純潔種、吸血鬼の中で最も尊いとされる存在だ。

そんな彼は、いつもニコニコ笑っているが、本当の笑顔を見た者は多分少数だ。

今チェルは、そんな少数の一人となった。


始めは、チェルたちも幻騎士の様に下等な生き物をこの屋敷に入れることを反対していた。

人間は自分たちにとって食物。
ただの物。

それをわざわざ買い取り世話をするなど、純潔種の白蘭がすることでは無いと。


だが、こんな笑顔を見るのは初めてで、チェルは白蘭がそれで幸せを感じるならばそれでよいと思った。


それに…と、チェルは白蘭が大事に抱き抱える正一を仮面の奥でチラリと見た。


結構可愛い顔をしている。


思わず面倒を焼いてしまいたい様な寝顔にチェルの頬がゆるむ。

白蘭が余り本当の笑顔を見せないように、チェルも余り表情が出ないので、白蘭は珍しそうにチェルを見た。


「君もそんな顔するんだ」

白蘭がそう言った瞬間チェルは表情を消した。

「何のことでしょう?」

「あ、今更ごまかしてもばっちり見てたからね僕〜」

「………着きました」

「うっわスルー?!」


こうして、入江正一は白蘭の腕の中でまだ何も知らない内に、吸血鬼との生活が幕を上げたのだった。



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