小説 In sweet honey.(バカテス:康明) 明久side 溺れそう。 不意に、そう思った。 はふり、と溜め息を吐いて、明久は己の恋人をチラリと見やる。 明久の恋人である康太(通称ムッツリーニ)は、今日もカメラ片手に女子の写真を盗撮している。 その写真を『ムッツリ商会』で販売し、小遣い稼ぎをしているのだ(そうしてカメラの設備が豪華になっていく)。 明久としては面白くない。 告白は康太の方からだったとは言え、彼には恋愛感情を持っていたので嬉しくて二つ返事で了承したのだが。 (…なんだか…僕ばっかりムッツリーニの事好きみたいだ…) 女子の傍に居る康太に、ちょっぴり恨みがましい視線を送る。 無論、康太は気付かない。 (普通そうだよね……ムッツリーニだって男の僕より女の子の方が良いよね。だったら何で僕に告白したんだろう……) 先程から堂々巡りだ。 康太が好き。 好きで好きで大好きで。 夜も眠れなくて。 学校でしか会えない事が、こんなにも辛いだなんて。 会っても、恋人らしい事なんか、何も無くて(そう頼んだのは、他でもない自分なのに)。 恋人の自分より、女子の傍に居るのが何より悲しい。 (………寂しい、よ、康太…) そっと吐息のように呟いて、明久は己の机に突っ伏した。 ああ、泣きそうだ。 何時からだった? 眠れなくて、夜通し泣くのを堪えるようになったのは。 話が出来た日は嬉しくて、思わず自炊しちゃったりするようになったのは。 ねえ、何時からだった? 想いが溢れて。 甘くて苦い、ドロドロとした感情がココロを満たしていく。 まるで、採れたての蜂蜜の中にでもいるみたいだ。 溺れちゃいそう。 好きだよ、康太。 康太side 溺れそうだ。 最近、そう思う。 気分が悪いんだろうか。 恋人―――明久が机に突っ伏しているのを盗み見しながら、康太は思った。 顔色も悪いし、薄らと隈が出来ている。 恋人を盗み見るしか出来ない自分が歯痒い。 (………明久) 机に突っ伏したままの明久を心配したのか、雄二や秀吉が明久の元に行く。 やめろ。明久に触るな。 明久は俺のだ。 声を高らかに宣言したいが、明久はバレたくないらしい。 付き合う条件として、約束させられた。 明久の、へにゃりとした他者を和ませる笑顔は、今は無理に笑っているように見える。 自分が告白した時、勢いに流されて頷いたように見えた。 自分との事を、後悔しているのではないか? 本当は。 姫路や島田といった女子に、(あんなに判り易いのに、鈍い明久も明久だが)遠慮すべきだったのかもしれない。 けれどダメだ。 明久を好きだと、自覚してしまったから。 誰がなんと言おうと、手放せないし、譲れない。 溜め息を吐こうとして、不意に思い出した声。 『溜め息吐いちゃうと、幸せが逃げるよ』 明久。 お前の声を、聴いてない。 愛しいお前の甘い声を、すぐ傍で聴いてない。 何時からだった? 明久。 お前が、愛しくて愛しくて。 気が狂うんじゃないかと思った。 お前だけ、撮らなくなった。 だって必要無い。瞳の中にある網膜に焼き付ければいい。 なあ、何時からだった? 溢れ出る想いに蓋をして。 お前に誰かが近付く度に、せり上がる苦いモノを押し込んで。 もったりとした蜂蜜の中で、必死にもがいている蟻のようだ。 溺れてしまいそうだ。 愛してるんだ、明久。 二人きりでの帰宅。 久し振りだと思う。 明久の表情は優れないまま。 傍目には判り難いが、康太の表情も固い。 「………明久」 「…?」 「………ごめん」 突然謝られた明久はパニックだ。 (………やっぱり康太、女の子がいいんだ……) 泣きそうになって、慌てて俯く。 そんな明久を見た康太は、唇を噛む。 「………ごめん、俺は欲張りだから明久を手放したくない」 「…え? 別れ話じゃないの?」 「………怒るぞ。俺は明久を手放せない。そう言った筈だ」 「ほ、本当に? 康太は女の子とずっと一緒だったから、僕、嫌われたのかと思った………」 「………目立つ所や学校では、必要以上に近付かない。……そう約束した。だから……」 傍に行きたくても行けなかった。 そう聞いた明久は、物凄く後悔した。約束しなきゃ良かった。 ほろほろと涙を流す明久を、ゆっくりと抱きしめる。 ずっと、こうしたかった。 「明久。俺は明久じゃなきゃ駄目だ。ずっと一緒に居て欲しい」 「うん、………うん!! 僕も康太じゃなきゃ嫌だ……!!」 お互いが片想いだと思っていた。 その事で少しだけ、笑った。 良かった。 ちゃんと両想いだった。 苦い蜜より、甘い蜜の方がいい。 僕等はもう、迷わないから。 好きになってくれて、好きでいてくれて、ありがとう。 甘い蜜の中で ずっと君だけを見ているよ。他の事なんて、知らない。 [*前へ][次へ#] |