女ってやつは… 中編 すっかり諦めて大人しくなった菜摘を担いだまま、俺は里の門を潜った。 女を担いだこんな姿じゃ誰にも会いたくないってのが正直な所なんだが、里の入り口を通過するんだからそうもいかねぇ。 「お帰り、シカマル」 やっぱりってか当たり前だが、いつも通り見張り小屋の中からイズモさんが声をかけて来た。 「ども…イズモさん」 俺は内心、めんどくせぇ質問してくれるなよと祈りながら菜摘を担ぎつつ挨拶した。 もう一人、あの騒がしい人いるよな…… 素早く小屋の中に目を走らすと、だがいつもの片割れは見当たらない。 おっ、ついてんじゃねぇか俺。 ま、イズモさんは小鉄さんよかはアッサリしてる人だし、菜摘の事はちゃちゃっと説明しとけば大丈夫か。 と思ったんだが… 「あらっ!?ちょっと何?あんた人拐いしてきたの?」 そうは問屋が下ろさなかったらしい。 小屋の奥に座り込んでいたらしい人物が、イズモさんの背後からチラッと顔を覗かせた。 チッ…面倒な奴が居やがった。 「……アンコさんじゃないすか。何でこんなところに?」 ほんと、なんで門番なんかやってんだよこの人。 「アタシだって好き好んでやってる訳じゃないわよ。小鉄の奴がインフルエンザだとか何だとかってさ、軟弱だったらありゃしないわ」 あぁ、そうなのか。 つぅか、何でよりによって今日なんだよ。 いいんだか悪いんだか…いや、ぜってぇ小鉄さんよかたち悪りぃよなこの人。 俺ん中じゃ最凶の女の部類にランクインしてるしよ。 「で?誰?その肩に担いでる娘。女狩りしてきたの?欲求不満の捌け口?」 「ハァ!?」 ったく。下品な発想してんなぁ…… その興味津々な顔がめんどくせぇ。 「んなわけないっすよ。」 「じゃあ何よ。彼女?シカマル、あんた自分の彼女荷物みたいに担ぐの。それ何プレイ?」 「ちょっ…止めてくださいよアンコさん……ハァ……菜摘、ちょっと降りてろ」 矢継ぎ早にトンでもねぇこと言いやがる… 何だか脱力しちまいそうで、俺はとりあえず菜摘を肩から降ろした。 こんなとこじゃ死ねる分けねぇし、離してやっても大丈夫だろ。 「説明しなさいよ。じゃなきゃ里の中に入れないから。登場の仕方が怪しすぎよ」 ったく……どんどんめんどくせぇ方向に話が膨らんでくのな…マジウゼェって。 「ほら早く」 ニヤニヤと人の悪い笑顔で俺と菜摘を交互に見てるアンコさんは、正に俺が苦手とする女像その物だ。 はぁ…まったく女ってやつは… とりあえずさっさと説明しちまうのが得策だな。 てか、ごちゃごちゃ言わなきゃこっちだって直ぐにそうしたってぇの。 俺はめんどくせぇのをぐっと堪えて、菜摘の事を説明しようと口を開きかけた。 だが、 「あの…あの…私…」 いきなり菜摘が見張り小屋から身を乗り出すアンコさんの真ん前へ進み出て、一生懸命自己紹介しようとしていた。 あ〜あ…あんなにガチガチに緊張しちまって。痛々しぃ。 「あの、私…樋口菜摘です…」 「ふ〜ん…菜摘ちゃんねぇ」 ジロジロと頭の天辺から爪先まで眺め回すアンコさんの目は服の中まで透視していそうで、ハッキリ言って変態じみてる。 そんな目で見られりゃ同性の菜摘だってひくだろうが。 さすが…イビキさんのお気に入りってやつだな。 「なかなか美人じゃない。虐めがいありそうね」 何言ってんだか。 隣にいる裸電球に照らされたイズモさんの顔が、滅茶苦茶困惑してるじゃねぇか。 んな事をツラツラと考えていたら、これまたトンでもねぇ会話が耳に届いた。 「私、シカマルさんに森の中で会って…」 「森?なんでまた…ま、いいか。それで?」 「あの…それで急に肩に担がれて連れてこられて…それで…」 馬鹿か!恐ろしい妄想する人を前にして誤解される様な言い方すんじゃねぇって、ますます絡まれんだろうが! 「だ〜っ、おい!変な言い方すんなって。」 慌ててガバッと菜摘の口を塞いだが時既に遅し… アンコさんの目が見るまにギラギラ輝き出した。 「へぇ〜〜っ。やっぱり拉致ったんだ、人拐いだわ。ほらイズモ、シカマル拘束ね」 チッ…嬉しそうにしやがって。 完全にからかわれてるな。ってか、暇潰しに遊ばれてんだろ、俺。 めんどくせぇ、とっとと帰してくれっての。 「違いますって。これは人助け。こいつが森ん中に置き去りにされてたから助けただけっすよ。菜摘、お前も話しはしょりすぎだって。」 まぁ、自殺しようとしてたってのは中々言いづらいんだろうけどよ。ついでにサイの事も言わない方がいいだろ。 言ったらますますめんどくせぇことになりかねねぇしな。 俺は口を塞がれてもがく菜摘の頭を軽く小突いて、イズモさんに訴えた。 「すんません。兎に角ちょっと訳有りなんすよ。ウチで責任持って面倒見るんで、とりあえず先行かせてください」 「…あぁ。もう行っていいよシカマル。但し、明日には樋口さんの身元証明と滞在許可証の手続きしてくれよ。」 「わかりました。すんませんイズモさん」 ヤッパ、イズモさんは話し解るわ。 隣で残念そうにしてる人とは大違いだぜ。 「ようこそ木の葉へ、樋口さん」 「アヒハホウゴハイハス…」 「じゃ…」 塞いだ手の下でイズモさんからの歓迎の言葉にモゴモゴと礼を言う菜摘の腕を掴み、俺は歩き出した。 背後でブー垂れるアンコさんとそれを宥めるイズモさんの声を聞きながら、目指すは我が家だ。 第一関門は突破したけどよ…ウチに帰りゃまためんどくせぇのがいるなぁ… 先ずはオヤジだ。 ぜってぇトンでもねぇ事言い出すに決まってる。 つぅか、オヤジのせいでこんな事になっちまった様なもんじゃねぇか。 それに…オフクロ。 急に知らねぇ女連れてったらこれまたどんな反応するんだか… 俺が家に連れてく女って言や、幼馴染みのイノぐれぇだし。 「あ…立派なお屋敷…」 黙々と歩く俺の少し後ろで、菜摘がポツリと呟いた。 「ん?…あぁ。俺んちだ」 住み慣れてる俺にしてみりゃ、別にどうって事のねぇ家なんだがな。 「すご…い。シカマルさんってお金持ちの息子さんなんですね。」 「別に…そんなんじゃねぇけど…ただ古い家ってだけだろ」 「そうですか?……何部屋あるのかなぁ…凄いなぁ…」 はぁ…めんどくせぇ こんな時でも女ってやつは、家の大きさとかで金持ちだなんだって考える頭は持ち合わせてやがるんだから… お前、立場解ってんのか? これから説教だぜ? つぅか…勢いで連れてきちまったけど、いいのか俺。 世話焼きなんて柄じゃねぇんだけどよ… 俺は軽い頭痛と後悔を感じつつ、一人で感心しきってる菜摘を従え、先祖代々守ってきた山を背に建つ奈良家の敷地へ足を踏み入れた。 ++++++++++ 「おぅ…帰ったぜ〜」 玄関の引き戸をガラガラと開けると家んなかは妙にしんとしていた。 「誰もいねぇのかよ。」 ブツブツ言いつつ、靴でも脱ごうかと上がり框に腰掛けようとすると、菜摘がいきなり抵抗を示した。 「おい。何だよ急に。そんな所に突っ立ってないで靴脱いで上がれって」 掴まれた腕もそのままに、無言で足を突っ張って立っている菜摘に向かってそう言ったんだが… 「……………………」 「こら、今更だぞ。兎に角上がれ」 「あの…何だか私、図々しいかなと思って…」 「あ?…ったく、つべこべ言うな」 「でも…でも…」 「だ〜っ」 ごちゃごちゃ言って動こうとしねぇ事に苛立った俺は、掴んでいる腕をグイっと引っぱった。 「きゃ〜っ!」 「あ、おいっ」 思いの外よろけて倒れ込む菜摘に焦って手を差し伸べるが、ポキンって変な音がしたかとおもうといきなりガクッと膝からくずおれ、石造りの玄関に倒れ込んじまった。 「大丈夫か!?」 「うぅ…痛い…」 ペタンと座り込んだままの足を見ると、菜摘が履いている高いヒールがポッキリ折れていた。 「大丈夫か。足挫いちまったんじゃねぇの、立てるかよ?」 ゆっくりと立ち上がろうとする菜摘を背後から支えてやるが、どうも無理らしい。 「…っう…いたたた…」 痛みで立ち上がれない所を見りゃ、かなり挫いちまったみてぇだな。 膝も打ったろうし、歩かさねぇ方がいいか。 「しかたねぇ…ほらよっ」 「きゃあっ!」 「ちゃんと掴まっとけよ」 俺は踞る菜摘を両腕に抱え上げ、とりあえず居間へ向かって歩き出した。 何だかコイツを担いだり抱えたりばっかじゃねぇか。 「ご…御免なさい」 「いや、いいって。俺が引っ張ったせいもあるしよ…悪りぃな怪我さしちまって」 ほんと、あんな高いヒールの靴履いてると思わねぇで引っ張った俺も悪い。 「重いでしょ…」 「いや全然。気にすんな」 ちゃんと飯食ってんのかってぐらい軽いっつぅの。 里まで担いでた時も丸っきり苦じゃなかったしよ。 「ほら、ちょっとここに座ってな」 「はい…」 俺は居間のソファに菜摘を降ろし、貯蔵庫に湿布薬用の薬草を取りに出た。 まぁ、市販のやつでも良いっちゃ良いが、やっぱ奈良家秘伝の調合で作った天然湿布薬が一番に決まってんだろ。 「お、あったあった」 鹿の角やらなんやら並ぶ棚の中から目当ての薬草を数種見つけ出し、手近にあった盆の上へ乗っけとく。 それからサラシと乳鉢、擂り粉木をもって、俺は居間へと引き返した。 『うぅ…いたたた…すみません…』 ん?菜摘の奴誰と喋ってんだ? 急いで廊下を歩いていくと、居間の方から菜摘の話し声が聞こえて来た。 まぁ、誰かって言ってもオヤジかオフクロしかいねぇだろうけど。 「う…っう…いたたた…」 「わりぃな、ちょっと滲みるけど我慢してくれよ。後でフゥフゥしてやるからよ」 「…は…はぁ…」 って、オヤジか。 居間へ入ると、ソファに座った菜摘の膝まで捲り上げた足の前に、オヤジが座っていやがった。 オヤジの奴、二階にでもいやがったのかよ。 「かわいそうに、けっこう擦りむけちゃってるじゃねぇか。綺麗な足に痕残っちゃ大変だ」 「いえ…綺麗じゃないですから…」 なんだよ、ヤッパ膝擦りむけてたのか。 「よ〜し。じゃあ次は傷薬塗っとくか。お、足冷たくなってんなぁ」 …ったく、菜摘の足見て喜んでんじゃねぇぞ。 それに、必要以上にさわんじゃねぇって。 何かムカツクな。 「おい、オヤジ。何やってんだよ」 「…おぅ、いたのかシカマル。何って菜摘ちゃんの膝手当してんだよ」 憮然として声をかけたが、オヤジの奴は此方を振り返りもしねぇ。 な〜にがいたのか、だ。 気付いてたくせしてよ。 手当してんのはわかってるっつぅの。 「何処にいたんだよ。」 「あ?二階の部屋だ。寝てたんだよ」 何だって?ったく… 「…人に頼み事しといて寝てただと?いいご身分だねぇ」 たまの非番を台無しにしやがった上に、自分は寝てたってどう言う事だよ。 大体夫婦喧嘩の仲直りに使うもん人に頼むって根性が気に入らねぇ。 その上菜摘にさっそく構うなんざ、何の反省もしてねぇ証拠じゃねぇか。 「オフクロどうしたんだよ。 とうとう三下り半突きつけられたのかよ。指輪も無駄だったって事か?ま、いつかはこうなると思ってたぜ。熟年離婚ってやつか」 まぁ、離婚ってことはねぇだろうと踏んではいるが、わざと意地の悪い言い方をしてやる。 だが、此方を振り返ったオヤジは逆に意地の悪い笑いニヤケ顔をしていやがった。 「あ?…ハハァン…」 「…なんだよ」 チィ…めんどくせぇ。 ジロジロと人の顔見やがって。 その顔はろくな事考えてねぇな。 「シカマルよぉ。お前、妬いてンだろ」 なっ…馬鹿ヤロっ こっぱずかしい事言ってんじゃねぇって。 「何言ってんだよ、この馬鹿オヤジ」 努めて冷静を装いギロリと睨み付けてやるが、尚もニヤニヤしやがるその顔は全く意に介しちゃいねぇ。 それどころかますます嬉しそうに笑いながら、手にしている傷薬の缶をこっちに放って来やがった。 「ほらよ。いや、わりぃわりぃ、俺が菜摘ちゃんの足触ってんのが気に入らねぇんだろ?だけどお前がこんな可愛い彼女つれてくるとは思っても見なかったな。」 「馬鹿言え。そんなんじゃねぇって」 トンでもねぇ妄想してんじゃねよ。 俺はあたふたしちまって勢い良く手にしていた盆をテーブルに置き、足元に転がった傷薬を拾い上げた。 そんで顔を上げると、赤い顔して此方を見てる菜摘と目があっちまって、ますますバツが悪ぃ。 「あのっ…あの私…」 ほらみろ、菜摘だって居心地悪そうにしてんだろ。 ったく、オヤジが変な事言うからおかしな事になっちまったじゃねぇか。 「あのな、菜摘はオヤジが指輪買った宝石店の店員だぜ?さっきあったばっかだっつぅの。」 「お!一目惚れってやつか!いいねぇ若いもんは。」 「はぁ?…違うって。色々事情があんだよ」 「事情って、親にも言えねぇようなことだったりしてな」 はぁ…頭痛ぇわ。 もう何を言っても無駄だ。 完全に面白がってる。 言えば言うだけ話をかき回されるだけだ。 「勝手に言ってろよ。コレ持ってさっさとオフクロ探しに行けって」 ベストのポケットから指輪の小箱を取り出し、ニヤケるオヤジに向かって放り投げた。 さっさと追い出すに限るぜ。 「おっと…投げんじゃねぇよ馬鹿息子。高けぇ金出して買ったんだから粗末にすんな。なぁ、菜摘ちゃん」 「あ…はい」 俺にむさい顔して文句つけやがったオヤジは、そのすぐ後でデレッとした顔で菜摘に同意を求めた。 だからよ、一々菜摘に構うなっつうの、邪魔くせぇ。 「なぁ。ほんとにコイツは馬鹿息子なんだよ。菜摘ちゃんにも苦労かけると思うが宜しく頼むぜ?」 「あ…いえ…私はそんな…」 駄目だ、これ以上オヤジが余計な事を言い出す前に何とか部屋から追い出さなきゃなんねぇ。 俺は急いで次の作戦に出た。 「だから早くオフクロ探しに行けよ。本気で蒸発しちまったらどうすんだ。山んなかで迷ってるかもしんねぇし、盗賊に狙われてるかもしんねぇじゃねぇか。オフクロは忍じゃねぇんだぜ?あ、それともひょっとして腹いせに不倫なんかしてたりしてな」 そうやって不安を煽る言葉を並べ立て、素知らぬ顔で菜摘の膝の傷に目を向けた。 だが…オヤジは全く焦る気配もなく、フンと鼻で笑いやがった。 「ば〜か。んなわけねぇだろうちの母ちゃんに限って。」 「…あ?そうか?そう思ってんのはオヤジだけじゃねぇの?オフクロだって女だぜ?嫉妬に狂えば何すっかわかんねぇよ」 菜摘の擦り傷にガーゼを当てて包帯を巻いてやりながら、意外にしぶといオヤジの顔をチラッと盗み見る。 なんだ?随分余裕の顔だな。 「だからあり得ねぇって。母ちゃんならいのいちんトコ行ってんだからよ」 なんだ。いのん家に行ってんのか。 てことは…いののオフクロと愚痴大会やってるって事か。 うわ、考えるだけで震えが来るぜ。 女ってやつは愚痴だけで何時間でも話せんだろ、おっかねぇ。 「なら早く迎えに行ってこいよ。きっとおじさん切ない事になってんじゃねぇの?」 ぜってぇそうだ、気の毒すぎるって。 だってよ、オフクロ達だけじゃねぇんだぞ? あのやかましぃイノまでいるんだからな。 「ん…まぁ、そうだな。いのいちが可哀想っちゃ可哀想か」 「だろ?だから早く迎えに行って指輪渡して仲直りしてこいって」 「おぅ…ちょっくら行ってくるわ」 よし、これでオヤジは追い払える。 第2関門突破だ。 「あ、だからって親がいねぇ間にヤラシぃ事すんじゃねぇぞシカマルよ。」 「ばっ、馬鹿ヤロ!」 最後に特大のトンデモ発言をぶちかます憎らしい背中に、残りの包帯を投げつける。 「てめぇと一緒にすんじゃねぇ!このエロオヤジがっ!」 目一杯怒鳴ってやったが、俺は自分でも解るぐれぇに動揺していた。 おまけに菜摘までこれ以上無いってぐらいに真っ赤な顔をしてやがる。 オヤジのせいで部屋ん中に妙な空気が流れちまってるぜ。 チッ…どうしてくれんだよ。 俺は情けない気分になりながらも内心の動揺を隠すため、とりあえず湿布薬を作ろうとテーブルの上の薬草へと手を伸ばした。 [*前へ][次へ#] |