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闇の先には
闇の先には K←オリキャラ設定激しいですm(__)m


「桃香!?桃香!」



抱えた細い身体から力が失なわれるのを感じた。


「桃香!?」


慌てて口元に耳を寄せると、微かに聞こえる呼吸音。
息がある事に一先ず安堵しつつ、しかし呼び掛けても目が覚めぬ事に不安は拭えない。

今の今まで苦し気に身を強ばらせていた桃香の全身から突如力が消え失せ、脱力した事に狼狽したネジは腕にする妻を揺り起こそうとした。


「桃香!桃香!」


何度も揺すりながら名を呼ぶうちに、桃香の頭は力無く垂れ、仰け反る白い首が明かり取りから射し込む月明かりに照らし出された。

吸い寄せられるように視線を向けたネジの眉が、難しそうに歪められる。
そこに浮かび上がる、色濃い何かを見つけて。


「なんだ…」


桃香を布団に横たえ、ネジは照明のスイッチを押した。

普段はランプや蝋燭の和かな明かりを好むため、滅多に点される事の無い蛍光灯がパチパチと小さな音を立て、緊迫した空気を湛える室内を照らし始める。

白い明かりに晒され、酷く生気が失われた桃香を再び腕に抱き上げ首筋に目を向けたネジは、途端、驚きに目を見張った。


「手形?…」


首の左右にくっきりとついた、五本の指を歪に広げた掌の形。
何れ程力を込めたのか、禍々しい程に赤く色づいた其を見、背筋に冷たいものが伝う。


桃香が眠りにつく前はこんな物は無かった。

だが先程までの苦しみは此のせいなのは明らか。

自分と桃香しか居ないこの部屋で、一体誰がどうやってこんな痕をつけられる?

桃香が霧隠れのとある血筋の末裔と知って、どこぞの間者が妖しげな術でも掛けたか?



そう考えた所で、否とネジは思う。
幻術の類いにこの俺が気付かぬ筈はない。と。

だとすれば…これは…




「………翡翠…か?…」


そう言えば、苦しむ桃香の口から、何度か途切れ途切れにその名が漏れていた。

そうか…ならば頷けるかもしれない。

と、ネジの脳裏に美しい女の顔が浮かび上がる。

大名への輿入れの時に護衛について以来、ネジへの想いを抱き続ける不幸(ふしあわせ)な姫。

その人が持つと言う、一族特有の稀有な能力。
最近では一族の中でもその能力を持って生を受ける者は貴重なのだとか…


『夢忍び(ゆめしのび)』


そう呼ばれる、山深い集落にひっそりと生きる翡翠達一族が有する不思議な力。
それは良くも悪くも使うことの出来る能力なのだと言う。
力を使うことにより自らに多大なるダメージを受けるが、ダメージが大きければ大きいほど効果も凄まじいのだと。


口には出さないが、強引に大名へと嫁がされた後、翡翠は度々『夢忍び』を行使させられていたらしかった。

翡翠が嫁いだ大名の存命中、数年に渡ってライバル関係にあった特権階級の人物達が、次々に不審死を遂げた。
その死因は皆、精神を病んだ上の自死や事故死だった。


故郷の人々の命を盾にとられれば、翡翠も断りきれなかったのだろう。



そして大名自身もまた、表向きは『病死』となってはいるが、実の所、精神を病んだ末の衰弱死。


真偽のほどは解らないが、口さが無い屋敷の者達は翡翠のせいだと言ってばばからず……

度々『力』を行使させられてきた事と、色々な精神的重圧から翡翠は徐々に心身共に病んで行き、最近では屋敷内での奇行も見受けられるようになった。

そもそも大名に嫁が無ければならなかった事自体、翡翠にとってはストレス以外の何物でもなかったのだから、いつかはこうなってしまっていたのだろう。

輿入れの護衛についたあの日、

「私と一緒に逃げて…」

と、思い詰めた目で何度も懇願された事を、ネジは今でも忘れない。

以来、一度も口にされることのなかったあの日だけの切実な願い。

だが、それを叶えてやるわけには行かなかった。


いまこそ自由になれると言うのに。
一族皆の命を盾に取る不埒な輩はもうこの世にいないのだから。

「だめだ翡翠、こんなことをしてはいけない。」


悲痛な声で呟いた次の瞬間、ネジの目は見開かれ、白眼が開眼されていた。





「誰か!誰かいないか!」


ネジは荒々しく廊下を踏み鳴らし、声を張り上げた。

あまりの剣幕に慌てて廊下に転げ出てきた住込みの使用人の中に意外な人物を見つけ、桃香の元へ急ぐようにと言い付ける。



「桃香様に何か!?」


虫の知らせか、今日はどうしても女主人の事が気になり、屋敷の直ぐ側の自宅には帰らず仲間の所で休んでいた瑠璃は、青い顔をしてそう叫んだ。
だが、

「今話している暇はない。兎に角急げ、桃香から目を離すな!」


客間に続く長い廊下を急ぎ歩きながら、ネジは後ろも振り返らずに命じた。

数人の使用人が次々に顔を覗かせたが、後の者は部屋に下がっていろと命じ、一直線に客間を目指す。


白眼で見た翡翠は、真っ暗な部屋の中で蒲団に身を起こし、カッと目を見開いていた。
倒された衝立の向こうでは、乱れた蒲団の上に俯せに倒れた翡翠の侍女の姿。
床の間に飾られた花は花器からムシリ取られ、辺りにバラバラと撒き散らかされていた。

もう間違いはない。

翡翠が止める侍女を力で黙らせ、桃香の『夢』に入り込んだのだ。
『夢忍び』の力を使って。

忍界大戦の時分には隠れ里からの依頼を請負い、『夢忍び』を使って多くの人間を精神的に追い詰め破滅させてきたと言うそれを、桃香に向かって使ったのだ。

「くそっ…」

玄関の前を通り抜け、更に奥へと向かうと中庭に面した長い廊下に差し掛かる。
そこでチラリと視界の端に白い物が動いたような気がして、ネジは急ぐ足を緩め中庭に目を凝らした。

――何だ?……

闇にぼんやり影と浮かぶ木々をぐるりと見渡すが、特に気になる物を見付けるには至らず、

「気のせいか……」

と、白眼を使うまでもないと判断し、再び客間へ急ぎ歩き出す。


……そして直ぐ様後悔するのだ。






「!?…まさか…」


目の前に現れた客間の襖は、大きく開け放たれていた。

中から流れ出す異様な雰囲気に肌が粟立つのを感じつつ、嫌な予感に急かされるようにネジは客間の中へと足を踏入れた。



「翡翠!!」



嫌な予感は的中した。
そこに居る筈の翡翠の姿が消えていたのだ。

「ちっ…やられた!」

さき程の「白い何か」は中庭を通って移動する翡翠だったのだ。
屋敷の殆どが中庭を通じて繋がっている。
きっと今ごろは……


「桃香!!」


次の瞬間、ネジは桃香の元へと急ぎ引き返していた。


++++++++


蛍光灯の明かりに煌々と照らされた室内は、だがしかし異様にひんやりとしていた。

「桃香様…」

薄物の蒲団を掛けられ、青白い顔で眠る女主人を見るなり、瑠璃はバタバタと乱れた足取りでその傍らへと向かった。

明らかに様子がおかしい。
額に手を当てると驚くほどに冷たく、耳を寄せて微かな呼吸音を聞き、やっと安堵する。

「如何なさいましたか桃香様。こんなに冷えてしまわれては、お腹のお子に障りますわ…」

蒲団の中から探り出した桃香の手を両手で包み、呼び掛けに反応を返さない横顔に涙声で訴える。

先程のネジの様子から、明らかに異常事態が起こっているのだと瑠璃にも解っていた。

故に、ただネジに言い付けられた通り桃香の様子を見守るしかないこの状況が歯痒く、だからと言って何をどうしたら良いかも解らない自分が、とても腹立たしかった。

何故いつもこの奥ゆかしき姫は辛い思いばかりしなければならないのか。

「本当に……おいたわしい…」


涙は止どまる事を知らず、瑠璃の頬を濡らし続けた。
不憫で不憫で…

だから、

『ザッ、ザッ、ザッ…』


襖の向こう側から庭の玉砂利を踏み締める乱れた足音が聞こえることに、気づかなかったのだ。




『ドン!…ドスッ…』




「な…何?!」

突如床を踏み鳴らすような音が部屋の側近くで鳴り響き、瑠璃は初めて部屋の外の異変に気づいた。

「う…っ…」

次いで襖の向こう側から押し寄せる重苦しい雰囲気を感じ取り、思わず呻いた瑠璃は、桃香の手を更に強く握って全身を強張らせた。




『ペタ…ズルッ…ペタッ…ズルッ…』


得体の知れない何かに怯えながらも耳を澄ましてみると、先程のドスンと言う重い音に変わり、床を這いずる様な不気味な音が聞こえてくる。


『ズルッ…ズルッ……』


それはどんどん此方へ近づいてきている様だった。


「あ…あ…何なの一体…」


余りの恐ろしさに冷や汗が吹き出し、瑠璃はぶるりと身震いした。

この部屋からの出入口はそこの襖のみ。
あとは小窓と明かり取りのみで、奥へ逃げようともあとは小さな風呂場位しかない。
意識の無い桃香を抱えて逃げるのは不可能に近い。
それでも今、このか弱い女主人を護れるのは自分しかいないと、瑠璃は自覚していた。

「…桃香様…何といたしましても私がお護り致します……」


眠ったままの儚く真白い横顔に呟き、瑠璃は意を決して誰何(すいか)の声を張り上げた。


「誰?!誰か居るのですか!?」



『…ズルッ…ペタッ…ズルッ…』



しかし返事はなく、代わりに引き摺る不気味な音が直ぐ側まで近づいて来る。


ゴクリと唾を呑み、瑠璃は握った桃香の手をそっと上掛けの中へと戻すと『音』の正体を確かめるべく、勇気を振り絞って震える膝で立ち上がろうとした。



と、その時だった。




『ガタガタ…』



襖が音を立て、瑠璃の目の前でスーッ…と、開き始めた。



「ヒッ…」

思わず短い悲鳴をあげた瑠璃は、次の瞬間驚きに目を見開いた。




「あ…っ…翡翠様!?」



見開かれた瑠璃の目に写っていたのは、髪を振り乱し般若の形相をした翡翠の姿だった。



「妾の邪魔をする憎き女はここかえ…」


襖を支えに膝立ちになって中を覗き込み、不気味な低い声でそう言った翡翠は、桃香を背に庇うように対峙する瑠璃をギロリと睨み付けた。

「いっ…如何されましたか…翡翠様…」


平静を装うことも困難な震える声で訊ねる瑠璃から、しかしふいと視線を外した翡翠は、ドサりと倒れ込んで室内へと這い進んできた。

ズルッ…ズルッ…

と、畳の上を這い進み、やがて瑠璃の後ろに目当ての存在を見つけ、唇の端を吊り上げた。


「ほほ…見つけた。」


つい数時間前、艶やかな姿で宴席に座していた面影はなく、肌の艶も精気も失われた容貌とは対照的に、桃香を見つめる目だけはギラギラと輝いている。
その輝きは何処までも禍々しく、狂気を孕んでいて、瑠璃は震えながら両腕を広げ、背後の桃香を庇った。

「翡翠様…何をなさるおつもりですか…」


なるべく刺激しないよう努めて静かな声で訊ね、翡翠の動きを注意深く見据える。


畳についた両の手で体を引きずり這い進むその姿はさながら蛇のようで、今にもチロチロと先割れた舌が覗きそうな真っ赤な唇が、不気味さを増している。

「何をするのかだと?ほほ…そんな事決まっておろう?ふふふ…あははは…」


今や瑠璃の鼻先まで迫る翡翠は、さも可笑しそうに笑い声をたてた。

「そ、そんな…決まっていると仰られましても…」

狙いは桃香で有ると承知してはいたが、知らぬ振りで瑠璃は問いかけた。

「解らぬと申すか。ならば教えてやろう…」

そう言ってニヤリと嘲笑った翡翠は、ズイと瑠璃の顔前に顔を近づけた。

そして不意に真顔になり、押し殺した声で言うのだった。


「ふふ…そなたの後ろに居る邪魔者を血祭りにあげるのじゃ。」

「そっ…そのようなお戯れを申されるなど…」

「煩い邪魔だ!どけえっ!」

「きゃあ…っ」

抗議の声をあげる瑠璃を突き飛ばしてすぐに懐に差し入れた翡翠の手には、次の瞬間、懐剣が握られていた。

「あっ!!お止めください!!」

今正に懐剣を鞘から抜こうとしている翡翠の腕に、瑠璃は必死でしがみついき、己が主人を護ろうとした。


「おのれぇ、邪魔立て致すのかぁっ!」


這いずって来るほど弱っているようだったのに、存外に力が強い翡翠に戸惑いながらも、瑠璃は歯を食い縛って動きを封じようとした。


何としても護らなければ。
小さな命を宿したこの不幸せな姫は、今漸く幸せを手にしようとしているのだ。



きっと直ぐにネジ様も来てくれるに違いない。

そう信じ、


「為りません!翡翠様!どうかお静まりくださいませっ!」

叫んだ瑠璃は、助けが来るまでの間、なるべく桃香から翡翠を遠ざけるために渾身の力を込め、今や鬼女と化した客人の身体を引き倒そうとした。


ドスン…っ


「くぅっ…おのれ生意気な…」


無様に床の上に引き倒された翡翠は、怒りでギラギラと光る目で瑠璃を睨み付けた。


「下女の分際で妾に暴力を振るうなど、まさか許されると思うておるまいなぁっ!?」


どうやら攻撃対象が自分に移った事に気づいた瑠璃は、激昂する翡翠をこのまま自分に引き付けておこうとし、


「畏れながら、私(ワタクシ)は翡翠様の使用人では御座いません。桃香様をお守りするためなら、力に訴えることもいといませぬゆえ。」


わざと勘に触る様な言葉を口にした。

そして直ぐにハッと気付いた。

力任せに引き倒した翡翠の手に、未だしっかりと懐剣が握られていることに…


不味い!

そう思うのと同時に、体勢を立て直した翡翠がニタリと笑んで懐剣を鞘から引き抜いた。


「死ねっ!」

「あっ!…」


驚く程の素早さで自分に飛び掛かってくる翡翠を、驚愕に見開いた目で見ていた瑠璃が、身を守ろうと咄嗟に掌を眼前で開いて上体を反らそうとしたその時、


『ヒュン』


と室内に一陣の風が巻き起こった。


一瞬何が起こったのか理解できなかった瑠璃は、次の瞬間、


「ネジ様!」


懐剣を振り上げる翡翠の腕を掴み上げている、主の姿を目にしたのだった。




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