[携帯モード] [URL送信]

幻でも…
幻でも…A 休止中m(_ _)m

コンコン…コンコン…

何かを叩く音がしていた。
ドンドン…

朧気だったその音は、やがてハッキリと強い音へと変わり、いつの間にか眠りに落ちていた凛子を覚醒させた。

「ん…」

ゆっくりと瞬きすると辺りは暗闇に包まれ、窓から差す月明かりがぼんやりと室内を照らしている。
凛子が一番苦手な夜の闇。
その闇を揺るがすようなドンドンと言う今や打撃音に変化したそれは、誰かがドアを叩いている音だと気付いた。
だけどあまりにも気だるくて返事をするのも億劫で、凛子は小さく溜め息をついて再びソファに横たわった。
止むことのないドアを叩く音。
これじゃ騒音でクレームが…
などと、うまく働かない頭の中で考えていると、ドアを叩いている人物が大声で叫ぶのが聞こえてきた。

「ちょっと!凛子いるんでしょ?大丈夫?開けるわよ!」

ガチャガチャと鍵を回す音がしたかと思うと、その人物が足音高く部屋へと上がって来た。
凛子は安堵してふと微笑む。
合い鍵を持っている人物は最愛の人アスマともう一人、彼の元教え子であり今は凛子の親友でもある山中いのだけだと解っていたから。

「凛子!」

名前を呼びながらリビングのドアを少々乱暴に開け放ったいのは、月明かりの下、ソファに身を横たえた凛子の姿を見た途端、手にしていた紙袋を放り出し慌てて駆け寄った。

「ちょっ!何々!?どうしたの凛子!」

ソファの横に跪き、ゆさゆさと凛子の体を揺さぶりながら覗き込むいのに、凛子は「ごめんね」と小さな声で謝ってのろのろと体を起こし始めた。

「あぁ…よかった」

ホッとしたいのは、起き上がる凛子の背を支えてやりながら、すぐさまブツブツと不満の声を漏らし始める。

「もう!ほんとにあんたって子は!私がいない間にどうにかなっちゃったのかと思ったわよ!」
「ごめん…」
「このお馬鹿!びっくりしたんだからね!」
「うん…」

言葉とは裏腹にいのは凛子を優しく抱きしめた。

「体調はどう?」

心配げに尋ねながら、そっと親友の腹部に手を当てる。
慈しむように撫でるいのの手のひらの下に、凛子本来の体温よりもやや高めの温もりが広がっていた。

「うん…なんとか大丈夫…」

自信の無い答えを返す凛子に、いのは「はぁ…」とため息をつきつつ、優しく優しく腹部を撫で続けた。
少し膨らみ始めたその温かな部分が、本当に大事でたまらないと言うように…

「よかった。ちょっと成長したみたいね、あんたのお腹。」

にっこりと微笑み立ち上がると、おぼろな月明かりの中でもまるで何もかも鮮明に見えているかのような足取りで、灯りを点けに行く。
ヒョイと足元の障害をよけながら…
その常人離れした様子に、凛子は忍と言う人達の凄さを感じずにいられなかった。
パチッと言う音と共に
、いきなり明るくなった室内に目がついていかず、ギュッと目を瞑った凛子は、音も立てずに側へ戻って来たいのに手を取られ、ゆっくりと瞬きを繰り返した。
しばしの沈黙の中、じっと見つめる視線を感じ、凛子は目を上げた。
途端にぶつかる視線。

「ねぇ凛子。いつも言ってるけどあんたの体は今あんただけの物じゃないんだからね」

真剣な眼差しに、その言葉に、凛子の弱った心が震えた。

「うん…」

凛子はコクリと頷き、そっと自分の下腹部をさすった。

「ここにアスマの分身が宿ってるんだから。」


最愛の人の子を宿した体。
種を植え付けたその人は、その事実を知らずに旅立ち、そして…

途端に溢れ出す涙。
凛子は声もなく静かに涙を流した。

「馬鹿ね!泣かせるために言ってるんじゃないのよ。だから、もっと自分をいたわんなさいよって言ってるの!」
「う…うん…」

いつもながらの会話。
凛子の妊娠が解って、最初に打ち明けたのがいの。
早くアスマに伝えなさいと、あの日彼に打ち明けるよう促してくれたのもいの。
そして言えずに見送り、やがて最悪の事態が訪れた時から、慰め、時に叱りながら、まるでアスマの代わりのように凛子の世話をしてくれるのもいの。
いのがいなければ今の凛子は無かったかもしれない。
時々、本当に時々だけど、女性である彼女にアスマの幻を見えてしまうほどに、いのは親切にしてくれるのだった。

「さぁさぁ、解ったらまず食事よ。どうせろくな物食べてないんでしょ」

まったく…と言いながら、先程放り出した紙袋を拾い上げたいのは、その紙袋の中からせっせと食材を取り出し、手際良く料理し始めた。

[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!