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大好き
『大好き』

今回の任務は正直キツかった。

1週間前、夜更けに急に呼び出された。
特殊機関に属する者としては、それはいつものこと。
けれど、そこから先がいつもと違っていた。
火影様の執務室に出向いた私を待っていたのは、里のご意見番の方々。
いつまでも政務に影響力を及ぼし続ける、年老いた長老の口から当たり前のように告げられたのは数名の暗殺任務。
正直ちょっと面食らった。
私が属しているのは火影直轄の部隊であり、それ以外の人物から下命を受けることは今まで皆無だったから。
しかも、人の命を奪うというのに、里にとってそれがどんな利益になるのかさえ説明されず。
でも…
こう言う場合でも、私に否と言う返事は有り得ない。
ただ、「御意に…」と、答えるのみ。
どんな事情があるのかなんて解らない。
理由が解らずとも上から命じられた通り、人の命を奪いとる。
まぁ…暗殺任務なんて今までも数こなしてきた。
でも…

『もう直ぐ子供が産まれるんです…』

そう言って命乞いをした哀れな目が今も脳裏に焼き付いていて、柄にもなく落ち込んでいた。
往々にしてあるとは言え、納得して望んだわけではない任務だったせいなのか…
うまく気持ちを切り替えられず、帰還した今も気が重かった。
だから今日は…
大好きな人の温もりで癒してもらおうと、急いで準備して出掛けてきたのに。


「あぁ…みゅうですか…」

ドアが開いた途端、気のない声で言われた。

あぁ…って。
みゅうですかって何ですか。
すぐにツッコミを入れようと思ったけど…

「どうぞ…」
「えっ…ちょっと…」

ボソッと呟き、さっさと部屋の中に引っ込んでしまおうとする背中を、慌てて追い掛けた。

え?何?
何か変だよ?
久々に会えたのに。
と言うか、サイの方から誘ったんじゃない?

「…適当に寛いで下さい」
「え…」

そう言いながら振り返りもせず、そのまま窓辺の椅子に腰を下ろして絵筆を手に取った年下の恋人。
あまりの素っ気なさにただ唖然として立ち尽くした。

「あ…あのさ…」
「………………」

何か怒ってる?

「ねぇ、サイ…」
「………………」

むっ、無視?

仕方なくソファに腰掛けて背中を見つめる。
私の大好きなしなやかな手が優雅に動いては、白いカンバスに色彩を与えて行く。
綺麗…
一瞬目を奪われる光景。
私より遙かに凄惨な日々を送り、今も日々殺伐とした任務に明け暮れている忍とは思えないほど、サイには芸術が良く似合っていた。
穏やかな表情で描く様子は、見ているこちらまでも温かな気持ちにさせてくれる。
二人で過ごす時間の中で、このひと時が私は好きだった。
だけど今日は…
ぱっと見では華奢に見えるけれど、実はしっかりとした筋肉のついた背中が、静かに拒絶の意志を伝えているように思えて、いつもみたいに安らいだ気持ちにはなれそうになかった。
まるで見えない壁が立ちはだかっているみたい。
落ち着かなくて、挙動不審者みたいにきょろきょろ辺りを見渡した。
久々に来たけれどいつもと変わらない整頓された室内。
『遠征先で仕入れた物がほとんどです』
ニコニコしながらそう言っていた数々の本が、大きな本棚に綺麗に並べられている。
『晴れた休日は良くスケッチに出かけます』
そう言っていただけあって沢山の風景画が、全て真っ直ぐにずらりと壁に掛けられている。
ほんと几帳面だよね。
どれもこれもいつも通り。
部屋の持ち主以外は全く変わった様子はない。

「はぁ…」

何だか悲しくなって小さくため息をついた。
癒して貰うどころか、ますます心は沈んで行く。
私何かやらかしたのかな…
この場を何とかしよう、怒らせることをしたのなら謝ろうと、頭をフル回転させて記憶を辿ってみた。
でも、まったく思い当たることはなくて…
この前会ったときだって色々な話はしたけど、これと言って喧嘩した訳じゃない。
と言うか、お互い忙しくて暫くゆっくりと会ってもいなかったし。
久々に顔を合わせたのが昨日のこと。
深夜に帰還して、火影様の執務室に寄って報告を済ませた所で、同じく任務明けのサイとばったり出くわした。

『久しぶり。元気そうでよかった』

微笑んだサイは、まったくいつもと変わらなかったのに。

『この通り、元気よ』

同じく微笑んで返事を返す私に、

『明日僕の家で過ごしましょう』

そう言って誘ってくれたのもサイで…
なんでこんな態度をとられるのかさっぱり解らなかった。
挨拶無しに里外任務に出たから怒ったの?
いやいや…
それはあり得ないよね。
お互い裏の世界に身を置く忍だもの、行き先も期間も告げずに里を開ける事なんて日常茶飯事だし。
今までだってそうだったじゃない。
それで怒るなんて有り得ない。
じゃあなんだろう…

「!?」
まさか…

嫌な考えに辿り着く。
1番考えたくないけど1番あり得そうなこと。

(他に好きな人が出来た?)

思い付いた途端ブルッと身震いした。
そう言えばサイの今回の任務って、暫く継続している表の方での任務だったよね…
しかも、若い女の子の護衛任務じゃなかった?
『金持ちの娘からの指名だってさ…』
って、たしか誰かが言っていた。
まさかまさか…
それで恋が芽生えちゃった?
いやいや…
優秀な忍のサイが、任務で恋愛感情抱くなんてあり得ない…よね?
でも…
向こうが指名してきたってことは、以前会ったことがあるってこと?
再び出会ったおしとやかで可愛らしい上流階級の娘さんと、バリバリ任務こなす男勝りな私を比べちゃって…
それで、やっぱり女の子らしい人がいいよなって思っちゃった?
一般人が良いなって?
それは…ありえるかも…
それじゃなくても年上な私。
仲間内でも直ぐ別れるとかなんとかって、密かに囁かれているのは解っている。
でも、でもさ?
付き合うキッカケになったのだって、サイから絵のモデルになって下さいって頼まれた事なわけで…
『みゅうさん。あなたは僕に初めて恋心を教えてくれた人です』
なんて、可愛いこと言ってくれたじゃない。
だから周りには、
『先に惚れたのはサイだもん。』
って、強気発言してきたんだけど…
でもやっぱり飽きられちゃった?

…もしかして今日呼ばれたのって、別れ話のためなのかな?
そんなの…

「やっ…やだ!」

「みゅう、ちょっと静かにしてくれるかな」
「あ…」

冷ややかに言われ、叫んでソファから立ち上がっていることに気づいた。
慌てて目を向けると、薄く微笑みを浮かべながらも目の笑っていないサイが、じっとこちらを見ていた。

「あ…ごっごめん…」

視線の冷たさに思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
最近任務以外で、こんな冷たくてよそよそしいサイを見た事がなかった。
『根』での洗脳のせいで感情を無くしていたサイは、最近随分と感情を取り戻し、普段は本当に優しくて穏やかな人だった。
時々空気読めない発言したり、ちょっと天然なせいで思ったことをすぐ口に出しちゃうところが、毒舌家だって思われちゃったりはするけど。
でも本当は優しくて誠実でシャイな人なんだと、私は知っている。
絵を描く側でお喋りしたって、今まで怒られた事なんて…無い…
プライベートで怒った所なんて見たことがなかった。

「…ごめん、邪魔しちゃったみたいだね…へへっ…」

戸惑い、わざとおどけて見せたけど、

「今は集中したいんだよね、静かにしていてよ」


更に冷ややかに言われ、作り笑いも凍りついてしまう。

「う…うん…ごめん…」

惨めな気分で謝った。
そんなに怒ること無いじゃない…

疲れた心と体には、冷たい視線も言葉もずいぶんと堪えた。
人の命奪っておいて癒して貰おうなんて、虫のいい事考えたから罰が当たったのかな。

「あれっ…」

不覚にも目頭が熱くなってきて、慌てて下を向いて誤魔化す。
やだ何?私。
柄にもなくこんな事で涙ぐむなんて…呆れる。

「や…やだ…」

思いの外涙が溢れてきてしまい、反射的にぐすりと鼻を啜った。

「風邪引いたかな…鼻水…」

うるさいとまた怒られるかなと思いつつ、泣いているなんて知られたくなくて、あわてて変な言い訳を呟いていた。
あぁ…みっともない。
何泣いてるのよ、馬鹿みたい。
男に冷たくされるのも、別れ話切り出されるのもはじめてな訳じゃ無いじゃない。
どうって事無いでしょ…
そうやって一生懸命自分に言い聞かせようとすればするほど、泣き止もうと思えば思うほど涙が溢れて仕方がない。
意思とは反対にしゃくりあげてしまう…

「ふ…えっ…く…」

やだやだ…カッコ悪い。
唇をかみしめて声を押し殺す。
と、その時、

『ガタン!』

窓辺の方から大きな音がして、ヒヤリと冷や汗が吹き出した。
ヤバい…また怒られる…
冷たい言葉を覚悟して身を縮める。
同時にフワリと風が動き、次の瞬間ギシっとソファが軋んだかと思うと、緊張して小さく丸めていた背中が、温もりに包まれていた。

「ごめん」

耳元で静かな謝罪の声がして顔をあげると、すぐ横に心配そうに眉をひそめたサイの顔。
「あ…」
一瞬にしてソファへと移動してきたサイの腕の中に囲われ、ギュッと抱き締められていた。

「サイ…」
「泣かないで…」

頬に触れる手のひら。
涙を拭ってくれる指先がとても優しくて、自分でもどうして良いか解らないほど、後から後から涙が溢れてきた。

「ごめん…」
「う………」

涙でぐしゃぐしゃの頬を胸に預け尚も涙を流す私を抱き寄せ、あやすように背をさすってくれるサイは、いつもの優しくて穏やかな彼だった。
安堵が広がり、緊張していた体から力が抜けて行く。
それからどれぐらいの時間がたったのだろう…
トクトクトク…って、ちょっと速めに打っているサイの心音を聞いているうちに、いつの間にか涙は止まっていた。

「…僕…やり方が不味かったのかな…泣かせてしまうなんて…こんな風に悲しませる方法しか考えられないなんて…」

落ち着きを取り戻した私をサイはそっと上向かせ、理知的な黒い瞳を不安そうに揺らめかせながら、ポツリポツリと話し始めた。
その言葉の意味が解らなくて、ただじっと見つめ返していると、サイはふぅ…と苦しげな溜め息をついた。
「本当にごめんね…」
しょんぼりとした声。
何だろう…
やっぱり今日の態度には意味があるのかな?
お別れの仕方が悪かったって言いたいの?
良く解らないよ…

「…君を…その…ドキドキさせようと思ったんだけど…」
「……え?」
ますます解らないよ?
「この前言ってたよね…」
え…何を?
「…みゅうはさ、その…ちょっと冷たくされたりするとドキドキするって…」
なっ…何の話…

ふと目を伏せたサイの長い睫を見つめながら、記憶の糸を手繰り寄せる。そして…
「あ…」
数週間前に交わした会話に思い当たった。


『サイって優しいよね。何でそんなに優しいの?』
いつものように窓辺に座って絵を描いていたサイに、何気なくそう言っていた。
束の間手を止めてにっこりと微笑んだサイは、
『それはみゅうが特別な人だからだよ』
ほんのり頬を染めてそう答えてくれた。
『ふ〜ん…』
そんな事知ってた。
シャイな人だけど、顔を赤くしながらも私にだけは歯の浮くような甘い言葉を囁いてくれるし、申し訳なくなるぐらいに目一杯甘やかしてくれる。
それはサイが私を大切な人として扱ってくれているから。
血で汚れきった私には身に余るほどの幸せだと思っているし、何の不満も抱いた事など無かったけれど…
その日は何故かちょっとだけ困らせてみたくなって、心にもないことを口にしていた。

『でもさぁ…時にはちょっぴり冷たくされたりするとドキドキするんだけどなぁ。優しいばかりじゃ飽きちゃうよねぇ』

そんな、今思えばまったくもって余計な事を言って、横目でチラリとサイの反応を伺ってみた。
するとサイはピクリと眉を動かして深刻な顔をしたかと思うと、絵筆を握った手もそのままにピタッと動きを止めてしまった。
気難し屋のネジも負かしてしまうぐらいに、どんどん深くなっていく眉間のシワ…
こめかみがピクピクと引きつり、かなり衝撃を与えた事は間違い無しだった。
そこで直ぐに、うそうそ!冗談だよって前言撤回すれば良かったんだけど…
あんまりサイの反応が面白かったから、更に調子づいてしまった。
『例えばぁ…ネジみたいにSっぽくて意地悪言う人とかさぁ…いいかもねぇ』
サイも毒舌家だってみんなには言われてるの知っているけど、それでもわざとそんな事まで言ってしまっていた…
でもね、そのあと直ぐにサイがニッコリ微笑んで、『そう?好きな人に意地悪言うなんて…悪趣味なんじゃないかな。』
って、何事も無かったようにまた絵を描き始めたから、何となくその話はそこで終わってしまって…

ヤバい…
やっぱり気にしていたんだ…

「あ…あのね…あれは冗談だったの…」

怒られるのを覚悟でそう言って、温かな腕の中からスルリと抜け出し、ごめんなさいと頭を下げた。
「…冗談?」

ぽつりと呟くように問われ、小さく頷き、上目使いで表情を窺ってみると、冷たい無表情にビクリとする。
でも次の瞬間、

「良かった…冗談だったんだ…」
「えっ…」

安堵の声と共に、その無表情はみるみる穏やかな表情へと変わって行く…


「じゃあ…ネジ君みたいにならなくてもいいかな…」
「当たり前だよ…私はサイが好きなんだもの。もぅ…馬鹿だね」

元はといえば自分で余計な事を言っておきながら、馬鹿だねとは我ながら随分な言い種だなと思ったけど…

「良かった…僕は大好きな君に意地悪なんか出来ません」

そう言ってサイが微笑んでくれたから良しとしよう…

「やっぱり優しいサイが好きだよ」

ぎゅっと抱き付いて、心休まる匂いを思いっきり吸い込んだ。
良かった…
嫌われたわけじゃなくて。
ごめんね、真面目で優しい君を困らせるような事言っちゃったね。

「大好き…」

心の底からそう言って、
嫉妬したくなるぐらい色白でスベスベの頬にチュッとキスをした。

「僕もです。じゃあ…」
「きゃっ…」

いきなり私を抱き上げ、立ち上がったサイは…

「久々に…色々と仲良くしましょうか…」

クスッと笑って、耳元で囁いた。

「…うん」

頬が赤くなるのを感じながら頷き、首に腕を回してギュッと抱き付く。



「あ…そう言えば…僕も実は意地悪得意かもしれません」

ベッドに横たえられ、サイの心地よい重みを体の上に感じながら、聞いた言葉は…

「お望み通り意地悪してあげます…ベッドの中でたっぷりとね。」
「やだ…エッチ!」
「嫌と言うほどドキドキさせてあげますから」

ドキドキどころか、全身を甘く痺れさせる囁きだった。

殺伐とした日々の狭間、
安息のひと時…

「大好き…」

ぎゅっと抱きしめ、囁いた。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−あとがき

みゅうちゃ〜ん!キリリクしてくれて有り難う!
なのに…随分とお待たせしてしまって、ほんとにほんとにごめんね(>_<)
さぁ、サイに意地悪されて頂戴い(笑)
ソフトな意地悪だけど、満足してもらえるかなぁ…ちょっと心配…
ここをもっとこうしてとかあったら、遠慮なく言ってね。
いつも遊びに来てくれて有り難う。
これからも宜しくです。
最後に、お読み下さった皆様、有り難う御座いました。




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