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誓いの日
誓いの日 E
色々と自分の中の変化に理由をつけたり分析してみたりしたところで、もうすでに俺と言う人格が以前と違うものになっていることを、否定することは出来ないのだろう。
まぁ…
根本的な部分では変わらず持ち続けている『本質』と言うものは有るのだろうが。


「…白檀か…」

気付けばそこかしこに漂い始めていたその香りが、桃香の存在が近くにあることを知らせていた。
同じ敷地内にいるというのに、一刻も早くこの目の届く所に桃香を置きたくて、瞬身で移動してしまいたくなる。

そんな、滑稽な程にはやる気持ちを抑えつつ、いやに長く感じる廊下を歩き続け離れの自室前へと辿り着いた。

「…桃香」

襖越しに声を掛けてみるが、中からの返事は無い。
やはり体調が思わしくなく、眠っているのだろうか。

「…入るぞ」

(ん?…)
少しだけ襖を引くと、途端、意外にも微かな灯りが薄暗い廊下に漏れ出した。
使用人の消し忘れか、窓辺に置いた燭台に灯りが点されている。
そのまま滑り込むようにして、静かな室内に足を踏み入れた。
部屋を仕切る障子を隔てた向こうに眠るであろう、桃香を起こさぬよう気遣いながら…

しかし予想に反し、部屋の片隅にうずくまるようにして座る小さな背中がすぐに目に入った。
(起きていたのか…)

「桃香。」

脅かさぬよう静かに声をかけるが、未だ気付かずに背を向けている。

「待たせたな…」
「………………」

(様子がおかしい)
うなだれるようにして座る華奢な体からは、明らかにどんよりとした気が漂っていた。
(やはり体調不良か…それとも…途中退席を悔いているのか…)

「桃香?」

邪魔な羽織りを脱ぎ捨てながら、全く気づくそぶりのない桃香へと静かに近づいた。

「…桃香」
「………………」

(なんだ?眠っているのか?…まさか…気を失っているのか!?)

ふと不安に駆られ、傍らに膝をつき肩を掴んで揺さぶった。

「桃香!」
「…!?…ネジ様…」

途端、うなだれていた肩がピクリと動き、弾かれたように真白い顔が此方を振り仰いだ。

(…無事か…)
ほっとして胸を撫で下ろす。

「どうした…ぼんやりしていた様だが…」

気を取り直し、見上げる顔をじっと見つめた。
見た限り、先刻よりも顔色は良くなっているようだ。
だが…

「…………………」

安堵して見下ろす俺とは対照的に、言葉に詰まり、困ったように見上げる桃香の瞳はゆらゆらと揺らいでいた。
(…やはり…か…)
それを目にした途端、舌打ちしたい思いにかられる。
(…困った奴だ…)
そんな時桃香の中に浮かび上がっているであろう言葉は、嫌と言うほど知っていた。
『申し訳ございません』
『私はなんと気の利かない…』

誰も責めてなどいないというのに、そうやってごちゃごちゃと自分を責め立てる…

「あの…」

今にも謝罪の言葉を紡ぎ出そうと開いた唇が、俺の聞きたくもないその言葉を発する前に、無言で右手を上げてそれを制した。

「………………」
「起きていて大丈夫なのか?」

俺の意志を悟って言葉を飲み込む憂い顔を見つめ、そっと頬に触れる。
(ん?…熱いな…)
ひんやりとした感触を想像していたが、柔らかなその頬は意外にも熱を帯びていた。
よくよくみれば微熱でもあるのか、色白な肌にはほんのりと朱がさしている。

「…熱があるのか」

よく確かめようと額に手を伸ばす。
が、

「いいえ!大丈夫でございます!」

いつになく慌てて顔を背け、否定する様子に、ますます違和感を覚えた。

「…どうした」
「…何も……」

居心地悪そうに身じろぎし、目を伏せる横顔。
何も…と言われても到底信じることなど出来ないだろう。

「本当か?」
「……………」
「桃香?」
「……………」

もう一度額に手を伸ばしてみるが、それもやんわりと遮られる。
(一体どう言うつもりだ?)
あからさまに俺を避ける仕草に苛立ち、強い力で細い両肩を捕らえて向き合わせた。

「…本当に何でも…お許し下さい」

緊張して力の入った肩が小刻みに震えている。
不安そうに陰る瞳。
まるで獰猛な肉食獣を前にしたか弱き小動物のような…
それを見た途端、腹の底で何かがザワザワとざわめき始めた…
(これは…なんだ?)
こそばゆいような…でも不快ではない奇妙な感覚が外へ出ようとするかのように、腹の中でどんどん膨れ上がってくるようだった。
一瞬きつく目を閉じ、何とかそれを押しとどめようとした。
だが、

「本当に…何でも有
りません。どうかお気になさらずに…」
「……………………」

何としてもそう言い張る声が、俺の中でざわめき出していたその何かを、一気に解放した。

「…嘘だな。」

冷たく言い放ち、顎を捕らえて上向かせる。

「おやめ下さい…本当に…何でも御座いませんので…」

震える声。
背筋をゾクゾクとした感覚が這い上る。
不安そうにしておきながらも尚言い募る上品な顔を、じろじろと不躾に眺め回した。

「ネジ様…どうか…」

この期に及んでまだいらぬ我慢をするのか?
つまらんことで気を使って、何も話さず隠し通すつもりか?
…この俺を信用できないとでも?
皆の前で誓い合ったばかりだというのに。
そう。誓いあったのだ。お前は俺のものだと解っていないのか?

(…隠し立ては赦さん)

「嘘つきめ!」
「ネジ様…っ…」

非難めいた口調で何か言いかけた唇を強引に塞いだ。

「ん…っ…」
息を喘がせながら、力一杯抗おうとする細い体をギリ…と抱き寄せ自由を奪う。

「ん…ん…」

(ふん…あらがっても無駄だ。)

温かく柔らかな舌を探り当て、傍若無人に絡めとる。
怖いのだろう、震える背中をなで上げると、知らずククッと笑い声が漏れ出した。
こんなに荒々しく口付けられた事など無いのだ、怯え戸惑って当然だろう。
それでも止めてやる気にはなれなかった。
逃げ惑う舌先を追い立てると、静かな室内には荒い息づかいと共に淫靡な水音がが響き出す。
暫く弄んだ後強く舌を吸いあげ、ぐったりと力の抜け始めたたおやかな体をそっと引き離した。

「はぁ…はぁ…」

荒い息をつく哀れな姿が、更に俺を煽りたてていく。

「お止めください…」
「ダメだ」

力の入らぬ体を引きずりながら後ずさりする様子を眺め、やがて壁際に追い詰められたほそ腰を抱き寄せる。

「あっ…」
「逃げるな。素直に話さぬお前には仕置きが必要だ」

唇の端を吊り上げ冷酷に微笑む。

「いや…」
「あらがっても無駄だ。お前の力など取るに足らん」
「は…あっ…」

再び唇を重ねむさぼりながら、自分がどうしようもなく激しい情動に流され始めていると感じていた。

同時に、

(このまま…奪ってしまおうか。)

脳裏を掠める黒い思惑。
俺の中の残酷な『本質』が、じわじわと首を擡げ始めていた。



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あきゅろす。
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