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誓いの日
誓いの日 B
きっとネジ様もあきれてしまわれたに違いない。
なんと体の弱い女だと、行く先に不安を感じて居られるかもしれない…
そう考えると情けない気持ちで一杯だった。
だけど…
本当は解っていた。
ネジ様はそんな風に考えたりはしない、
今は誰よりも私を第一に考えて下さっているのだと…
でも、だからこそ尚更自分が情けなく、許せなかった。



(…だってばよ…
…やめろバカナルト…
…うるさ…)

再び耳に届く宴席の声に、耳を塞いで俯いた。
どくどくと心臓の打つ音が耳の奥で木霊する。
それすらも耳障りに感じ、勢い良くぶるぶると頭を振った。
嫌なこと全て、どこかに吹き飛んでしまえばいいと思いながら、何度も何度も。
「馬鹿ね…こんな事して何になるの…」
我ながら余りに馬鹿げていて、ふふ…と、呆れた笑みが浮かぶ。

と、その時。

「…失礼いたします…桃香様…」

部屋の外から控え目な声が聞こえてきた。
「…はい…」
振り向きもせず小さく返事だけを返すと、そっと襖が開けられ、小さな足音と共に誰かが部屋へと入ってきた。
それでも俯いたままでいると足音は目の前で止まり、ぺたりと座り込んだ。
薄闇の中、鶯色の着物が目に入る。

「桃香様?…大丈夫で御座いますか?」

心配そうに顔をのぞき込まれ、仕方なく目を上げると、そこには瑠璃と言う私の身の回りの世話をしてくれている少女の憂い顔があった。
「えぇ…少し落ち着きました」
頷き、ゆっくりと姿勢を正すと、瑠璃はみるみる嬉しそうに微笑んだ。
それからおもむろに着ている着物の袖を捲り上げ、
「それでは…」
と、細い体には似合わない力強さで私を抱え上げ、抵抗する間もなく、あっと言う間に浴室へと連れて行った。
恥じらう間もなく、宴の席で着ていた金糸の織り込まれた豪華な着物を剥ぎ取られ、浴室内へと追い立てられる。
「さぁ、入浴なさったら気分も良くなりますよ」
張り切ってボディソープを手にとり、泡立てている瑠璃をぼんやりと見つめた。
なすがままに全身を磨き上げられている間も、丁寧に髪を洗われている間も、頭の中では先程の失態の事ばかりが繰り返されている。
一生懸命話しかけている瑠璃の声も、全く意味を理解することも出来ず虚ろに響くだけで、まるで夢の中にいるような朧気な時間が過ぎていった。
が…
抱き抱えられるように浴室から私をつれ出し、ほんのりと明るい照明のつけられた室内で、髪の水気を拭き取りながら瑠璃が口にした次の言葉が、私を現実の世界へと引き戻した。

「少しはお休みになられましたか?またネジ様がお戻りになるまで少しお休みになって下さいましね?体調を整えておきませんと、今夜は大切なお床入れの日で御座いましょう?」

…えっ…お床入れ?…

一瞬ぴくりと体が震えた。
恐る恐る後ろを振り返ると、瑠璃が無邪気に微笑んでいる。
「お床入れ…」
ぽつりと繰り返すと、瑠璃はくすりと笑って頷いた。
「はい。今夜桃香様は晴れて身も心もネジ様の物になられるのですわ」
心から嬉しそうに言って、ほんの少し恥ずかしそうに身じろぎした。

そうだった。
婚儀によって私達が夫婦となった事を公にした今日、真の意味で夫婦となる為、この身もネジ様と結ばれる…
そしてその結びつきは、やがて日向の分家に新しい命を誕生させると言う、重要な役割をも担ってもいるのだ。

「桃香様はこれから一生、ネジ様の一番大切な方となられるのですわ…。羨ましい…」

タオルを握り締め、まるで夢見心地と言った感じでうっとりと話す少女を、私は刻一刻と迫る現実に新たな緊張感を覚えながら、ぼんやりと見つめていた。


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あきゅろす。
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