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誓いの日
誓いの日 @
身も心も清められる様な清々しい空気に満たされた室内。
その中に微かに漂う香[こう]の香りが、
私が好んで焚いている白檀の香りだと気付き、
思わず笑みがこぼれた。
きっとネジ様のお心遣いなのだろう。
緊張でピリピリと張り詰めていた心が、
少しばかり解される。
屋敷中が美しく整えられている今日、
ネジ様の居室であるこの離れの部屋も、
神聖な日を迎えるため、
いつもにも増して磨かれている。
その中に1人座り、
部屋の主をじっと待っているうちに、急に何故だか知らない部屋にいるような錯覚にとらわれ、
思わず辺りを見舞わした。

すると、いつもなら余分な物一つ置かれていないはずの簡素な室内の片隅に、
可憐な花を付けた梅の枝が生けられている事に気づいた。
「まぁ…」
庭に植えられた梅から採ってきたのだろう、
その一振りの梅の枝に、
春の訪れを感じると同時に、
この数年のうちにめまぐるしく変化した環境と、
この里へ来てからあっと言う間に過ぎ去ってしまった、
速すぎる時の流れを意識する。

−ーこの屋敷を最初に訪れたのも初春の頃だった。
陰鬱とした霧に閉ざされた故郷を出て、
この里に辿り着き、こうして日向の屋敷に身を寄せるようになった事も、すべては神によって私に与えられた運命だったのだろう。
今ではここが私の居場所なのだと、当たり前に思えるようになっていた。
それもこれも、いつも側にいて下さるネジ様のお陰なのだと、
日頃から感謝の気持ちが絶えない。
多くを語らずとも、
言葉が足らなくとも、
ネジ様からの真摯な愛情を感じ取ることが出来るようになった今、ともすれば自分は余所者だという疎外感に苛まれそうになる私の弱い心は、
何にも代え難い大きな支えを得ることが出来たのだ。

『愛情』

この、目には見えない不確かで儚い物と思いこんでいた存在が、
これほどの安らぎを与えてくれる物なのだと、
初めて気づかせてくれた。
信頼する誰かに護られていると言う安心感が、
こんなにも平穏な暮らしを与えてくれるのだと、初めて知った…

思えば故郷に暮らしていた頃は、祖父母の愛を受けながら育ってきたとは言え、どこか落ち着かない、常に何かから逃れたいような、強迫観念じみた物を感じて生きていたような気がする。
平穏とは何と贅沢な物なのだろう。
当たり前に繰り返される平穏な日々が、
そして…
愛する人の側で生きると言う事が、
何よりの幸せなのだと、今は日々噛み締めて過ごしている。
だからこそ私は…
大きな安堵と幸福をもたらしてくれたネジ様に、誰よりも相応しい女性[ひと]にならなければと、常日頃から思っていた。
幸せを与えてくれたネジ様に、間違っても恥をかかせたりすることがないよう、努力していかなければと…


「なのに…また私は……」

思いとは裏腹にまたもや演じてしまった今日の失態に、頭の中は後悔の念で一杯だった…

「はぁ…」

何度吐き出したかわからない溜め息。
それと共に、
遠くからひときわ高い歓声が耳に届き、
思わず唇を噛み締めた。
静寂の中時折届くその歓声は、
本来ならば私もその場にいなければならない宴席からのものであり、
耳に届く度に胸がチクリと痛んで仕方がない。
大切な席で最後までネジ様のお側にいられなかった自分が、
情けなくて
許せなくて…

私はなんて不甲斐ないのだろう。
誰の物でもない、
私とネジ様の為に設けられた宴の席に、
ネジ様だけを置き去りにしてしまうなど、
相応しい女性[ひと]になるどころか、
ネジ様の顔に泥を塗ってしまったのではないか。
人生の中の晴れの日に汚点を残すことになってしまったのではないか…
そう考えれば考えるほど気が滅入り、
知らず涙が滲んできた。


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