さよなら 「 」 そういって君は笑うんだろう。私があんたの背中を追いかけなくても、 追いかけても。あなたは何も変わらない。一欠片も私に染まる事はないのだ。 「ヒソカ」 呼び慣れた名前をつい呼んでしまう。何も言わずに出て行くつもりだったのに。 ああ、しまった。いつの間にかこんなにも愛し癖がついてしまっていた。振り返ってはくれないと知りつつ目でその姿を追い、私に心から愛を囁いてくれることはないと知りつつ耳をずっと傾けていた。_我ながらひどい。 「どうしたんだい?」 「私、ここを出て行くの」 小さなトランクをほら、と見せてもヒソカの表情に何も変化は無い。 あなたは私を引き止めない、いつだってそう。 「ここを出てどうするの?また、修行とかするのかい?」 ボクを殺す為に、と喉を鳴らして笑う。 「ヒソカ」 「キミはボクのことだいすきだもんねェ」 「ゆめがさめてしまったのよ、ヒソカ」 ヒソカが小さく息を吐く。少しだけ、瞳に憂いが帯びていたように見えたのは気のせいだろうか。 「_ああ、そうやってキミも」 ヒソカは口にしなかったけれども、確かに聞こえた。 一人にするんだね。 罪悪感によく似た感情が皮膚の下をのたうちまわる。 そんなことを今更言われても、私の意思はもう変わらないのだ。 「あなたは、強すぎたの」 「そうだとも ボクは奇術師だからね」 「泣かない気がした」 「奇術師は、泣いたりしないよ」 「でもすごい弱いのも知っていた」 「…聞き捨てならないねえ、今すぐここでキミを殺してもいいんだよ?」 他の人に奪われるくらいなら、いっそ、さ。 そう淫美な笑みを浮かべると、トランプが鮮やかに彼の手の中で舞う。 私はそれをぼんやりと眺めながら言葉を続けた。 「いつか本当の強さをもった誰かに負ける」 「…今度は占い者きどり?」 「そしたら『ヒソカ』はきっと死んでしまう」 「…そしたら、キミはどうしてくれるの?墓標でもたててくれるって?」 「まさか、嗤ってあげるだけ」 「くくくく、…なかなかキミは面白かった」 ヒソカはゆっくりと手を差し出した。私も彼の手をとり 握手を交わした。多分彼に触れるのはこれが最後だ。 「ヒソカに素敵な死が訪れる事を願っているわ」 「キミもね」 思ったよりも、いい別れだった。あっさりとしていてなんの 余韻も残さない。これはきっと思い出に分類されていつまでも 記憶に残ってしまったり、するのだろう。それには少々辟易してしまうが。 マンションのドアを閉めるとき、ヒソカが一言だけ私に向かって言葉を投げた。 「 」 そういって君は笑った。予想の言葉よりも一文字多かったそれに 私は少し面をくらって、小さく微笑んだ。彼を知った気になっていたが、それはやはり 私の中の彼にすぎなかったのだ。こうやって最後の瞬間に裏切られるとは思わなかった。 永遠の別れだとかそういう風な響きにロマンチックなセンチメンタルを感じていたけれども、 もしかしたらまたそれも裏切られてしまうのかもしれない。彼と人生が交錯することがあるかも、しれない。 そうしたら開き直って、その時は笑って言ってやろう。久しぶり、と。 [*前へ] [戻る] |