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話の長い女
大体、目に見えるものが財産だという人間は信用するなと私はいった筈だ。目に見えるものほどポケットから零しやすい。どんなに手塩に掛けたとしても枯れたり、老いたり、朽ちたり、そして時には盗まれたりもする。そして、人のものを我が物にしようと目論む奴らも、これに括られる。

しかし目に見えないものを財産などという胡散臭い人間のことも私は好いてはいない。偽善をほざくなと唾を吐けば、その見えない財産を愚弄されたと鬼のように怒る人間は、滑稽だ。そして、目に見えないからこそ、それが離れていかないように仮面を被っていかなければならない。南京錠で掛けられ剥がすことの不可能な笑顔の仮面は、生きてゆくには些か重い荷物となる。








「…わかりずらい☆」


何を考えているのか、わからない女だった。さくらは。

ヒソカがそのような人間を好いたことは数少ない。瞳の奥にまで感情を隠す暗殺一家の長男と、自らの行動を常に理由付けたがる蜘蛛の頭の二人くらいしか思い当たる節がなかった。しかしこの女は双方にも当て嵌まらない新種の異種、であった。

「…別に、わからなくていいよ」

あ、拗ねた◆

表情は顔に出やすいタイプだというのに、口を開けば論理的かつ哲学的、…最初は、ヒソカはこの女が自身に酔狂しているナルシスト女だと思っていた。しかし付き合ってみると少し違うらしい。彼女の言う言葉は、矛盾しているようで、実はとてもシンプル。



「ヒソカの財産って、何?」



聞かれても、響かない質問だったので、ヒソカは何も答えなかった。しかし、答えぬ代わりに、その解答を心の中で探した。蓄積された経験であろうか、それともこの鍛え抜かれた身体そのものであろうか。どちらにせよ死ぬまで自身の魂に纏わり付く、目には見えないがある意味自らの限界の壁を越えるには不可欠なものであることは確かだ。金で解決できないことを、ヒソカは常人よりも遥かに知っていた。世の中は金で動くなどと戯言をいう弱者から、大金を目の前に命乞いをされたことがあるが、彼らが誰よりも信用していた紙切れを踏みにじりながら凶器を振り下ろすときほど愉快な瞬間はない。下賎な権力者の絶望した顔は、笑えた。


「そういう、キミの財産は?」


目の前で経済新聞を眺めていたさくらはそれを折り畳みながらヒソカと視線を絡ませた。あどけなさが未だ残るこの女は未来読み、預言者だ。この新聞に載る人間が、彼女の言葉を汲み違えたようで、逮捕された末取調室で自殺をした、らしい。

「感情」

「感情…ね◆」

「人に甘えられる感情を持てたことが私の人生に於いての財産かな…」

「目に見えないものを、君は選ぶんだ☆」

「目に見えない不確かなものだけど、コレは私を裏切らない。繋がり、絆、みたいなものみたいに他人に強制しないし」

「クックックッ…★その感情、他人にとってははた迷惑な感情かもよ?」

「いいのよ。私の我が儘を聞いてくれる人にしかさらけ出さないから」


では、自分は彼女にとって我が儘をさらけ出せる程度の人間には区別されているというわけか。

まあ、朝の8時に電話をしてきて「今からうちに来て」といわれて、徹夜明けで寝起きってわけでもないし、ボクも暇だったから来てやったわけなんだが◆コーヒー出されて、「適当にくつろいで」っていわれて、暇すぎて窓辺にあった植木鉢に水をやっていた人間はボクですけど何か?似合わないとは心外だなあ☆ボクだって花を愛でる心ぐらいは携えているよ◇


「さくら。君に何人、我が儘を言える人間がいるかはボクは知らない☆だけど朝っぱらから意味もなく他人を呼んどいて用件ナシっていうその我が儘だけは止めたほうがいいよ◆ボクが耐えられたとしても他の人間はどうかわからない★」

「ご心配なく。」

リモコンを手にとり、電源ボタンを押すさくら。今日は土曜日、なんとかのブランチというタイトルが流れ、司会者が満悦の笑みで視聴者に朝の挨拶をした。

「私、欠点を曝さない人は信用しないの。あなた初対面のときから下半身暴走中っていう底辺からのスタートだったし、殺人狂っていうぶっ飛んでる人種だから、キレイゴト言う奴らよりは随分と一緒にいて落ち着くわ」

思わずボクの方から視線を逸らした。今日は晴天だ◆散歩日和だ☆デート日和だ。

「ヒソカ以外に我が儘いえるような人間いないわ」



ボクは沈黙を選んだ。今日はやけに饒舌な彼女の瞳を見詰める。今度は彼女が視線を逸らす番で、その視点は定まることなくそこら中に視線を移している。顔面は紅潮しているし、落ち着かないさくらをみて口許が緩んだ気がした。


「だから……」

決意したかのような強い眼がボクの何かを射抜いた。




「付き合ってください」



「話、わかりずらい上に長いよ◇」

でもすごくかわいいよ★

あー、デート日和だ。

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