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心を失くした天使2
夏の終わり
その夜、僕は両親にホントの事を話した。やっぱり僕はあいつらが許せなかった。僕の両親ならきっと何とかしてくれる。そう信じて話した。
裸にされ、お尻におぞましい物を入れられた事を言うのは、相手が親であってもスラスラとは話せなかったけど。
ただ、僕は襲われるフリをしていただけなのに、自分から罰を望むように『同じ事をして』と言った事だけは話せなかった。
「…」
お母さんは泣き出してしまった。そして頼りのお父さんは…。
「…!」
突然、僕の手を引いて居間を出た。
着いた先は浴室だった。そこで僕の服を引き裂くように脱がし始める。
「お、お父さん…!?」
裸にされ、冷たいシャワーをかけられた。その後は狂ったように僕の体を洗い始めた。石鹸をつけたタオルで下半身だけを。
お尻の割れ目までゴシゴシと強く洗う。
「痛いよ…!」
「うるさい!」
下半身が真っ赤になるまでそれは続いた。
自身もほぼズブ濡れになり、ようやく我に返ったお父さんはタオルを放り投げ、ポツリと呟く。
「どうして逃げなかったんだ…?」
「…和也を置いて…?」
「そうしたらお前は無事だったかも知れないのに!」
和也が僕の無二の親友だと知っていながら、そう叫んで浴室を出て行こうとした。
「警察にホントの事を…!」
「言えるわけないだろっ!」
…何て事だ…。大人は世間体しか頭にないの…?自分の子供が助かればその友達はどうなってもいいの…?
「…いいか、陸斗」
「…」
「お前は正しい。お父さんが間違ってる」
「…だったら」
「こんな事がみんなに知られてみろ!友達にも!近所の人にも!そしたらどうなるかわからない程お前はバカじゃないだろう!?」
「…」
ダメだ…。僕達は被害者なのに…誰も味方になってくれない…。
「和也くんの為にも…もう忘れなさい…」
お父さんはそう言って、僕の顔を見る事もなく行ってしまった。
あいつらが裁かれればいくらか気が晴れると思ってる僕が子供なのか…お父さんと同じように『忘れたい』と言った和也が大人なのか…いくら考えても僕にはわからなかった。

それから毎日、僕は和也の病室に通った。両親に打ち明けた事は言わない方がいいだろう。あんな結果だったら…。
和也は何時間手を握り続けても何も喋らない。
やがて夕方になり、おばさんが来るのと入れ替わりに僕は帰る。学校の先生だし、一人の人間として僕は尊敬していた。でも今となっては、自分の息子を見捨てた憎い人だ。
「こんにちは…」
「…」
一応挨拶をしても完全に無視だ。和也が強姦された時、何もしなかった臆病者と思ってるのだろうか。自分だけ助かった卑怯者と思ってるのだろうか。
「じゃな、和也…」
和也も僕の顔を見ない。目の前にいるのに、どんどん離れていってしまう感覚だ。
僕は一体どうすれば、何をすればいいんだろう…。

それでも僕は会いにいく。和也は他の友達とは一切会おうとしない。僕だけが病室に入るのを許されてる。実際、何人かの友達から僕の家に電話がきて、和也の容態を聞いてきた。
『陸斗としか会わないみたいなんだよ。大丈夫なんだよな?』
『和也くん、怪我の具合どうなの?私と由美香とお見舞いに行ったんだけど会わせてもらえなくて』
みんなには悪いけど、親友特権みたいなものなのかな。手を握る事も嫌がらないし、きっと心では親友の僕を必要としてるんだ。
「和也…」
「…」
「早く退院してまた遊ぼう…」
詳しい事はわからないけど、少し痩せた以外和也の怪我はほとんど治りかけてると思う。もう包帯もガーゼもしていない。もちろんアザなんかは少し残ってるけど。
ただ…体の傷が治った分…心の傷が深くなっているようだった。自由に動き回れない状況に置かれ、使う必要のない頭で考えなくてもいい事まで考え、どんどんネガティブに陥っていってるのが痛い程わかった。

夏休みも終わりが近くなったある日。事件の日からもう何日経ったのか…。この日も僕は朝から病室で和也の手を握っていた。
「…陸斗…」
「…な、何…?」
久し振りに名前を呼ばれてちょっと焦ってしまった。
「毎日来てくれて…ありがとう…」
目が合ったのも久し振りだ。ただやっぱりその瞳に輝きはないけれど。
「当たり前じゃん」
片手だけじゃなく、両手で和也の右手を握った。
「手ぇつないでくれて…嬉しかったよ…」
また涙を流す和也。
「何だよ、泣くなよ」
少しだけからかうつもりで言った。
「昔さ」
「…?」
「陸斗と出会うよりも前…母さんと近所のスーパーへ買い物に行った帰り…」
…何の話だろう。
「道端に野良犬がいたんだ…」
「…それで?」
「雨降っててさ…泥だらけで…ガリガリに痩せてて…ゴミ箱を漁ってた…」
「…」
「俺、それがかわいそうだと思って…母さんに言ったんだ…。あの犬かわいそうだねって…」
「…」
「でも母さんは…すごく嫌な顔してた…。何て汚い犬だろうって顔…」
そこまで話して和也はひどく泣き出した。
「どうしたんだよ…?」
「俺を見る母さんの目が…その時と同じなんだよ…!」
「和也…」
まだ少しだけ不自由な体で僕に必死に抱きつく和也。まるで怖い夢を見た後の小さな子供みたいに。
「陸斗…!助けて…!」
母親からはぐれた仔犬みたいだった。何をしていいのか、どこに向かえばいいのかもわからず不安に怯えてる。
僕は強く和也を抱きしめた。でも、本当はおばさんがこんな風にしてあげるべきなんだ。それなのに…そうしようとしないばかりか、汚い野良犬と同じように思うなんて…。
「独りじゃないよ…!俺がいるよ…!ずっと和也の側にいるから…!」
「陸斗…!」

やがて泣き疲れたのか…不安を僕に打ち明けて安心したからと思いたいけど、和也は静かに眠った。
「…」
おばさんが来るまでの間、僕は和也の寝顔を見つめていた。もうずっと泣き顔か虚な顔しか見ていない。見慣れたはずの笑顔が懐かしくさえ感じた。
『お母さんも和也くん、大好きよ』
いつだったかそう言ったお母さんに理由を聞いたら、こんな返事が返ってきた。
『笑顔に嘘がないから。ほら、和也くんってちょっとした事でも全力で笑うでしょ?お母さんね、愛想笑いとかする人は嫌いなの。でも和也くんの笑顔は、周りの人も楽しくさせちゃう笑顔だもの。そんな友達がいる陸ちゃんが羨ましい』
すごくわかる。和也はいつだって思い切り笑ってた。…そう、ついこないだまで…。
起こしてしまうとかわいそうだし、僕は帰る挨拶をせずにそっと病室を後にした。
夏休みはあと4日。また明日も会いに行こう。

次の日、病室に入った僕は自分の目を疑った。
「…」
そこはもぬけの空だった。違う病室になったのかと思った。それで通りかかった看護婦さんに聞いたんだ。
「あのっ…!和也は…?」
「和也くん、今朝退院したのよ」
「えっ?」
「聞いてないの?」
「う、うん…」
昨日、久し振りに言葉を交わしたけど、退院の事は何も言ってなかった。
…何だか嫌な予感がする。僕は病院を出て和也んちに向かった。

「…」
和也んちに着いてまず目についたのは、玄関先の立て札だった。そこには『売家』と書かれていた。
「何だよ、これ…」
僕は玄関に走った。ガラス越しに中を見ると、家具もカーテンも何もなく、生活感がまるでなかった。
引っ越した…?こんなに突然?僕に一言もなく?
どんどん離れていく感覚があったとは言っても、こんな形で本当に親友と別れるなんてありえない。だって和也には僕が必要なんだ。僕が和也の笑顔を取り戻すんだ…。

新学期が始まり、先生から改めて和也が引っ越した事がみんなに告げられた。
驚いたのは先生も引っ越し先がわからない事だった。もちろんクラスメートにもそれを知る者はいなかった。
まるで何かから逃げるように、友達も今までの思い出もすべて捨てて行ったように思えたあまりにも急な出来事…。
和也がいなくなった教室は静かで、クラスのみんなもどことなく寂しそうだった…。

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