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心を失くした天使2
君を救えなくて
僕が目を覚ました時、辺りはほんの少し薄暗くなり始めていた。
「…」
もう三人組の姿はそこになかった。
ゆっくり体を起こすと、小枝が刺さった背中とお尻の穴に痛みが走る。
そうだ…!和也は…!?
「!!」
それはまるで森に捨てられた白い人形のようだった。裸のまま仰向けで横たわり、手と足はそれぞれ少しだけ不自然な曲がり方をしてる。顔は向こうを向いててよく見えない。
ピクリとも動かないけど…まさか…死…?
「がふっ!」
そんな不安に駆られた時、和也はまさに息を吹き返した。
「がふっ!げふっ!」
咳き込むたびに口からたくさんの血が飛んだ。切れた口から出た血が溜まり、窒息しそうになって意識を取り戻したようだ。
「…」
そのまましばらくまた動かなかったけど、やがてゆっくりとこっちを向いた。
「和也…」
死んでなくて心底ホッとした。安心したら涙が出てきた。
「…」
和也はゆっくりと、本当にゆっくりと体を横向きに起こした。一度そのままパタンとうつ伏せになりまた動かなくなった。
「…」
でも力を振り絞るようにして肘をつきながら、全裸のまま体を引きずり、僕の方へ這ってきた。僕も四つ這いになって同じように和也に近づく。
「和也…!」
和也に比べたら僕の怪我なんてかすり傷程度だ。起き上がる事も出来ない和也の体をそっと抱いた。
「…!」
間近で見た和也の顔は壮絶だった。本来の整ったきれいな顔は、無惨としか言えないまでに崩れていた。
まぶたは両目とも腫れ上がり、右目の方からは血が流れてる。唇も普段の倍程にも腫れ、見える限りだけでも歯が二本折れていた。全身すり傷だらけで所々みみず腫になってる。
そして…お尻から太ももにかけて、まだ新しい血が流れ続けていた…。
「…りぐ…と…」
まともに喋る事すら出来ない。
「…んな…」
「え…?」
「ごめ…んな…」
謝ってるの…?どうして僕に謝るの?
「守って…やれなくて…ごめん…な…」
どっと涙が溢れた。こんな大怪我してるのに僕を気遣うなんて…。
「和也、待ってろよ、誰か呼んで来るから…!」
そう言って立ち上がろうとした僕の腕を掴む和也。
「…?」
見ると首を横に振ってる。助けを呼ぶなって事?
「こんなの…誰にも…知られたく…ない…」
「でもっ…!」
「大…丈夫…だから…」
「大丈夫じゃないよ!病院行かないと死んじゃうよ!」
どう考えても僕の方が正しいはずだ。原因が何であれ、こんな大怪我を放っておくわけにはいかない。
「頼…むよ…陸…斗…」
「…」
やっぱりその頼みは聞けない。
「じゃあ…こうしよう…!」
僕はとっさに思い付いた考えを話した。
「ここで高校生にカツアゲされたって言おう。そんで嫌がったら殴られたって事にしてさ」
「…」
「裸にされた後の事は黙ってるから」
本音を言えばパンツを脱がされてイタズラや強姦されたなんて、僕も誰にも知られたくない。
「悔しいけど…どんなやつか聞かれたらデタラメ言うんだ。そしたら…あいつらが警察に捕まってこの事がバレる心配もないだろ?」
「…うん」
見落としがあるかも知れないプランだけど、今はそれしか思い浮かばない。
「服着せたら人を呼びに行くからな」
その前に体をきれいにしてあげなきゃ。
まず和也のシャツやパンツを拾い集めた。その後、僕は下半身裸なのを思い出して自分のパンツとハーパンを履き、代わりにシャツを脱いだ。
そのシャツをペットボトルの水で濡らし、和也の顔や体を拭いていった。どこも痛そうで気を遣う作業だったけどやらないわけにはいかない。
まず顔の血を拭き、続けて胸やお腹、脚の汚れも拭いていく。
「起きれるか?」
背中も拭いてあげないと。僕に抱きつかせ、手を背中に回し拭いていった。
…そうだ、お尻も大変な事になってたんだ。僕も少しヒリヒリズキズキと痛むけど、たいした事はないと思う。でも和也は間違いなく怪我をしてるんだ。もう一度シャツを水で濡らし、それをお尻の割れ目に当てた。
「痛っ…!」
ほんの少し触れただけで抱きつく両手に力が入る。
「ごめんっ…!」
ダメだ、お尻には怖くて触れない。その周りの血だけ拭き取る事にした。
「陸斗は…平気…か…?」
「え?」
「同じ事…されたんだろ…?」
「うん…。少し痛むけど大丈夫だよ」
「よかった…」
もういいよ、和也…。僕の事より自分の心配しろよ。

お尻から出ていた血もやがて止まってくれた。僕は和也にパンツやシャツを着せ、柔らかい枯れ葉が落ちてる所にそっと寝かした。
「…」
やっぱり無理がある。和也は体中傷だらけなのに、衣類は先に脱がされていたせいで全然汚れてないんだから。殴られた時に出た鼻血さえうまい具合にシャツにはほとんど付いてなかった。
「じゃ行ってくる」
僕のシャツで血を拭いたから、上半身は裸のままだ。でももちろん、そんな事を気にしてなんかいられない。
「…陸斗…」
「何?」
差し伸べられた手の意味が一瞬わからなかったけど、当たり前のように握り返した。
「置いてかないで…」
気丈な和也が僕の手を握って泣き出した。
「置いてったりしないよ。すぐ戻って来るから」
「一人にしないで…!」
あんな恐怖を味わった直後だ。不安になるのも当たり前だ。まるで小さな子供のように、ガチガチ震えながら僕にすがって嗚咽を漏らしてまで泣いてる。こんな和也を…今まで一度も見た事はなかった。
「…わかった。立てるか?」
「うん…」
腕に掴まりゆっくり立ち上がろうとするものの、何度も崩れ落ちそうになる。やはりダメージは想像以上に大きく、肩を貸してもまともに歩けるような感じじゃなかった。
「背中乗って」
こうなったら背負うしかない。和也は体格もいいし、それより少し華奢な僕にとってはかなり重く感じる。半分、引きずるようにして遊歩道を目指した。
「陸斗ばっかりに頼って…ごめんな…」
「いいんだよ。和也はあんなに殴られたんだから」
そう、僕は一発たりとも殴られていない。ダメージは背中の擦り傷、お尻のヒリヒリだけだ。
「…ありがとう…」
「もういいって」
僕達は親友なんだ。何も気にする事なんかないさ。

ゼェゼェ言いながら遊歩道まで戻ったものの、思った通り人影はまったくなかった。
「…」
右を見ても左を見ても誰もいない。細いアスファルトの通りが延びているだけ。
どっちへ行けば…。もう勘でしかない。最悪、市役所まで行ってもいいというつもりで右の方へ歩き出した。

それは今日一番の幸運だった。不幸中の幸い、地獄に仏。
歩き出してすぐ、向こうからピンクのジャージを着たおばさんと、その娘らしい中学生の女の子が走って来た。多分ジョギングしてるんだろう。
「助けて…!」
大声で叫んだつもりだけど、声は驚く程まったく出なかった。
やがて異変に気付いたおばさん達が、走るのをやめ怪訝そうに僕達を見た。
「お願い…助けて…」
僕はそこで力尽き、和也と共に倒れてしまった。
「ボク、どうしたの!?」
「和也を…病院へ…」
思い切り踏ん張ったからだろうか、貧血になったように意識が遠くなっていく。
「お願い…」
僕のその場での記憶はそこまでしかなかった。けたたましいサイレンの音を聞いた気がするけど、それはまるで夢の中の出来事のようだった…。

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あきゅろす。
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