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心を失くした天使2
再会と別れ
僕は東部公園に来ていた。どうしてここに足が向いたのか自分でもよくわからない。遊歩道を外れても月灯りで道はわかる。三本クヌギを目指して歩く事に何も支障はなかった。
和也が元々暮らしてた家にはもう別の家族が住んでるし、行くあてはそんなに多くないはず。そう思ってここに来てしまったのかな。
「…?」
遠くの闇の中を不思議な光が明滅してる。赤、黄、青、緑とチカチカ光っていた。あれは…どこか見覚えがあるような…。
その光に導かれるように歩みを進めると、自然と三本クヌギに行き着いた。
「…」
そうだ、あれは5年生の時、クリスマスに僕が和也にプレゼントしたサンタの飾り物…。和樹が三本クヌギの近くの石に腰掛け、それを手の平に乗せて光らせていた。
光に照らされた顔はしっかりと僕を捉えてる。
「…陸斗」
「…」
「俺だよ、陸斗。戻ったんだ」
「…違う」
邪神に満ちた目を見れば和也じゃない事はすぐにわかった。
「和也はそんな目をしてない」
「…」
和樹は立ち上がりながら小さく舌打ちをした。
「やっぱりお前だけは騙せねぇな」
「…」
あの恐ろしい和樹と二人きり、こうして向き合ってるのに僕はやたら落ち着いていた。殺されるかも知れない状況なのに。
「どうしてここに来た?」
「…なぜか…いる気がした」
「俺達の運命が狂った思い出の場所だもんなぁ」
そう、このすぐ先で僕達は…。
「で?何しに来たんだ?」
「…和也を返して」
「嫌だっつったろ?この体はもう俺のもんだ」
和也…いるんだろ?すぐそこで僕を感じてるんだろ?
「警察が捜してる。逃げられっこない」
「逃げるさ」
お金もツテもないのに逃亡生活なんて出来るはずがない。
「和也の父親は外洋航路の船乗りだろ?和也のフリして泣きつきゃ密航くらいチョロいさ。フィリピンとかマニラとか、どっかあの辺にでも逃げてやるよ」
和也のお父さんがまんまと騙されてしまったら…あり得ない事ではないのかも知れない。
「レイプされた息子が相手のチンピラを殺した。父親なら同情してくれんだろ?」
もし本当に逃げられてしまったら…和也の姿をした悪魔が存在し続け、僕達家族はいつまた襲われるかも知れない恐怖に怯えながら生きていかなきゃいけない。
やっぱり…僕が終わらせるしかないんだ。
「お前の父親、死ななかったんだろ?やっぱ乗用車じゃダメだったな。ダンプが来るまで待ちゃよかった」
もういい…その姿で恐ろしい事を口にするのはもう見たくない。
「お前ら家族皆殺しにしてからトンズラかますぜ」
和樹はサンタの飾り物をポイと投げ捨てた。同時に僕は腰に差したナイフを握る。
「…何だそれ?」
刃先を和樹に向ける。それだけの事なのに、和也に刃物を向けてるような気がして心が痛んだ。
「俺のちんこより小さいナイフでどうしようってんだよ?」
和樹は鼻で笑いまるで余裕だ。
「…それがありゃ勝てるとでも思ったか?」
「…和也を返してくれないならこうするしか…」
「刺し違えるつもりかよ」
こんな物でも少しは怯むかと思ったのが甘かった。
「…死ぬのはお前だけだ」
和樹は突然走り出し僕に向かって来た。
「!!」
咄嗟にナイフを水平に振ったけど、何の手応えもなく空振りに終わり、手首を掴まれ後ろ手にされた。
「もう終わりか?」
腕をおかしな方向に曲げられ、関節がギシギシと軋む。
「痛っ…!」
情けなさすぎるくらい何の攻撃も抵抗も効かなかった。それなりに空手を極めた和樹と、まるで平凡な中学生の僕とでは戦闘的な力に差がありすぎる。
「このまま腕イッとくか?」
更にグイッと腕を曲げられ、手にしていたナイフを落としてしまった。本当に骨を折られると覚悟した程に痛かった。
もうあと1センチ曲げられたらヤバい、という所で和樹は僕を解放した。
「…?」
右腕は関節が痛くて動かせない。
「いつも首折ったり突き飛ばしたりじゃつまんねぇよな」
和樹は落としたナイフを手にした。
「お前は思い出の場所で自殺したって事にしてやるか」
ただでさえ強い和樹がナイフを手にいやらしく笑う。やっぱり僕なんかじゃこの悪夢を止めるなんて無理だったんだ。
「首か?手首か?太ももの血管もヤバいらしいよな」
…僕は和樹に殺されるんだな。そう思った。お父さん、お母さん、ごめん…。僕は誰も助けられないままここで…。
「血がピューピュー噴き出すとこ見せてくれよ」
和樹はナイフを振り上げ、僕は静かに目を閉じる。
「…」
その時、和樹の動きが止まった。

「そんな事させない!」

「か、和也!?」
振り下ろそうとする右腕を、左腕が押さえてる。
「お前っ…!ふざけんなっ、しつけぇんだよっ…!」
「絶対に…!陸斗は守る…!」
和也と和樹が力比べをしてる。僕はどうしたら…!?
「お前を消す方法なら…わかってる…!」
右手首を掴む左手が、ジリジリと刃先を自分の体の方へ向けていく。
「おいおいおいおい…!待てっ、冗談じゃねぇ!!」
「消え…ろ…!」
「てめぇ…!死ぬ気か…!?」
力負けした和樹の右腕が、呆気なく腹部に向かった。
「あぅっ!」
映画みたいに『グサッ』とか特別な音なんか何もない。でもナイフの刃の部分が全部腹部に埋まっていた。
「ち…ちくしょう…!」
それが和樹の最期の言葉だった。その場にうずくまるように倒れたその体から、禍々しいオーラのようなものが出て…やがて消えた。少なくとも僕にはそう見えた。
「和也…」
倒れた体に歩み寄り、そっと抱き起こす。
「…」
『彼』はゆっくり目を開けた。
「陸斗…」
正義とやさしさに満ちた真っ直ぐな瞳。
「やっと会えた…」
僕の頬に伸ばした指先が触れた。
「和也…和也っ!」
まるでキスでもするかのように頬と頬をくっつけ、僕は思い切り泣いた。
これが本当の再会だった…。

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あきゅろす。
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