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心を失くした天使2
最後の手段
翌日、お父さんのプラン通り、僕は学校まで送ってもらった。もし和樹に待ち伏せでもされていてはたまったもんじゃない。
「じゃあ…行ってくるよ」
どんな事情であっても、警察に行くなんていい気分なわけはない。ましてや息子の友達を殺人犯として情報提供しに行くなんて。お父さんには嫌な役を引き受けてもらってすまなく思う。
「これで終わりにしよう」
僕の肩に手を置き、ぎこちないながらも小さく笑って学校を後にした。

授業を受けていても、さすがに今日は何も頭に入ってこない。
お父さんと一緒に警察に行くべきだったかな…。嫌な思いをしたかも知れないけど、学校で結果を気にしてイライラしてるよりはよかったかも。
それに…どうしても何かが引っ掛かる。完璧なプランじゃない事はわかってる。結果が僕達の思うようにならないだろう事も。
…でも何かを見落としてる。何かを忘れてる。好きな音楽の曲名や、好きな俳優さんの名前をド忘れしたように、明確に『忘れてる』という自覚のない、手が届かない背中の痒みにも似たいやらしさ。
…思い過ごしであって欲しい。結局の所、お父さんが警察に行った後の事は出たとこ勝負みたいなものだけど。

「天野っ」
一限目の授業中、突然教室のドアが開き、学年主任の先生が僕を呼んだ。ゾワッと背後から死神に息を吹きかけられたような気がした。
呆然としてる僕に焦れた先生は、小走りで僕の所に来る。
「お父さんが事故に遭ったそうだ。病院まで連れてくから一緒に来なさい」
事故…?お父さんが…?あれ?つい一時間前に校門まで送ってもらったはず…。
「早くしなさいっ」
先生は僕の手を引いて、ざわつく教室から連れ出した。

病院に向かう先生の車の助手席で、僕は不思議なほど冷静だった。『詳しい事は先生にもわからないから、病院でお母さんに聞きなさい』と言われたから、ここで何を聞いても無駄だと思った。
もちろん、容態に関しては心配だ。でも、何がどうなって起きたどういう事故かわからない以上、パニックになっても仕方がない。

病院に着くと、お父さんは手術中だとわかった。手術室の前にお母さんと…多分警察の人がいた。
「陸ちゃん…!」
お母さんは泣きながら僕に抱きついてきた。赤い『手術中』のランプが頭をボーッとさせる。
「息子さん?◯◯警察署の者です」
事故なのになぜ私服の警察官がいるんだろう。まず病院の人が容態とか話してくれるんじゃ…。
「お父さんはウチの警察署の前の交差点で車に轢かれたんですが…」
交通事故…?『首の骨が』って言葉が出なかったからってホッとしてる場合じゃない。
「歩道の信号待ちをしていて急に飛び出したようです」
そんなバカな。小さな子供じゃあるまいし、飛び出すなんてありえない。
「ただ…」
「?」
「その場にいた人の話だと、誰かに突き飛ばされた可能性も…」
…和樹だ。それしか考えられない。僕やお父さんの後を尾けていたというより、あいつは僕達の考えを先読みして警察署を見張ってたんだ。電話で話せるような事じゃない、必ず直接警察署に来るだろうと読んで。
あいつは…自分を不利な立場にしようとする者…つまり、真実を知る僕達家族まで皆殺しにしようとしてる。でもそうした所で、防犯カメラの映像とか他の手掛かりから警察に捕まるのは変わらないと思うし、これ以上罪を重ねて何になるっていうんだ?
好き放題やるだけやって、後は和也に押し付けるつもりなんだろうか?

お父さんの手術は無事に終わったが、数ヵ所の骨折に加え、頭を強く打っていて意識が戻らない。命に別状はないと言われた事だけが救いだった。
でもお母さんはショック状態が酷く、さっき先生に眠る薬を注射してもらった。病室のソファーで静かに横になってる。
「…」
許せない…。和也を奪い、晃司を殺し、次はお父さんまで…。あいつはお父さんが死んでいない事を知ったらまた病院まで殺しに来るだろう。そうしたら次はお母さんで最後は僕が…。
もうこれで終わりにしなきゃ。モタモタしていたが為に招いた結果だ。事件か事故か調査してる警察なんか待ってられない。僕が…終わらせなきゃ…。

夜には目が覚めるだろうというお母さんを病院に任せ、僕は夕方家に帰った。入院に必要な物を用意すると嘘をついて。
でも僕が必要としたものは…武器だった。どう考えても素手でやり合える相手じゃない。そうなるともうこれしか…。
キッチンの引き出しから果物ナイフを出し、ベルトに挟んで上着を着た。

刃物を手にしたからにはそれなりの覚悟があった。自分が殺される覚悟、和樹を殺してしまう覚悟…和也を永遠に失う覚悟も。
刃物があったって、あいつには勝てるとは思ってない。でも万一この手で殺してしまったら…その時は僕も死のうと考えていた。こういうのを『自暴自棄』というのかな。でもその割には僕は落ち着いていた。悲しみに悲嘆するわけでもなく、怒りに我を忘れるわけでもない。
ただ、もしかしたら和也とはもう会えないまますべてが終わるかも知れない事が寂しいだけだった。

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